さて、翌朝(6月21日)は8時に起きてコンビニで買ったおにぎりを2つ食べてから八坂神社に向かう。
八坂神社の本殿と舞殿。祇園祭の時は舞殿には神輿が並び7月15日には御霊写しの儀が行われる。その祇園祭も今年は中止になった。後祭での花笠巡行などのいつかの行事が楽しみで上洛を予定していたが残念である。この舞殿で行われる芸舞妓の奉納の舞もそのひとつだ。
例年、茅の輪は6月30日の夏越しの祓いに向けて設置されるが、もともと疫病退散の意味があるので、今年は前回の3月の上洛の折にはすでに設置されていた。
京都人の密かな愉しみの中でヒースロー先生が来日10年目にして初めてコンプリートし、思わず ‘I did it!’と叫んだ作法は、
①水無月の夏越しの祓いする人は千歳の命延ぶというなり
②思うことみなつきぬとて麻の葉を切りに切りても祓いつるかな
③蘇民将来、蘇民将来(繰り返す)
と、回るごとに唱える言葉が違ったものだったが、場所それぞれの作法があるようだ。
本殿を通り過ぎて奥に進むと祇園神水が湧いている。祇園神水は「力水」とも呼ばれ、気の力を得ることができる。
美御前社と右手にあるのは美容水である。美容水も神水で、2、3滴を手肌に付けると良いとある。美御前神社は祇園の芸妓さんや舞妓さんはもとより、化粧品業界人などに古くから熱い信仰を寄せられているらしい。
この二つの神泉の違いがいまいち良くわからない。ネットで検索すると『祇園神泉を飲んでから美御所社にお参りをすると美人になる」と書かれていたりすると、何がなんだかわからない。同じなのたろうか?
八坂神社の本殿の下には龍穴という龍の住む井戸があって、その井戸は神泉苑に繋がっているという話がある。神泉苑は二条城の南にある古い寺院である。もし(繋がっているのが)本当だとすると、その水脈は京阪の地下化でも枯れなかったことから相当深いと言える。
すべてにお参りできたわけではないが、一通り末社をお参りし、最後に「通り過ぎた」縁結びの神様は、右側に石像があるように大国主命である。
なぜ、いくつもある末社から最後に大国主命を持ってきたかというと、結ぶ神さまも有れば、切る神様もいるということだ。
特別公開などもあったが、時間がまだ早くて通過のみとなった。建仁寺は京都に来るたびに通り抜けるけれど、一向に中には入れない。早朝だったり混んでいる時間帯だったり、あるいは遅い時間だったりである。
建仁寺を通り抜け三十三間堂方面に行こうと適当に南に降って行くと、予定にはなかった神社に吸い込まれるように入ってしまう。というのも、この頃からなんとなくふらつく気がして、熱中症気味なんだか、二日酔いで体調が悪いのか、いや、もしかしたら降圧剤が効きすぎての低血圧なんじゃないかという状態だったことも要因かと思う。
入ってみて、「ああ、ここがあの安井金毘羅宮だったのか」と気が付いた。
京都最強の縁切りの神様として有名であるが、特にそのような必要もなかったので場所も知らなかった。恐ろしい神様だとも聞く。悪縁を切り良縁を繋ぐというが、かなり強引に願いを叶える。会社の同僚との関係に悩みお参りしたら、病気になって転職を余儀なくされたとか、会社が潰れたとか。
この後で清水五条駅のそばのファミマで冷たい飲み物を取って休憩し、体調の回復を待つがなかなか治らない。しかたなく地下に降りて冷房の風を浴び、清水五条駅から七条駅まで京阪に乗って移動した。
さて、縁切りの話を続ける。こちらは本当はこの日の最後にお参りしたのだが、話の流れでこちらを先に書くことにする。
清水五条駅から五条通りを烏丸通りに向かって歩き、ちょうど半分くらいの堺町通りを右に入っていくと左側に町屋を改造した素敵なイタリアンのお店がある。
その2軒ほど先になぜか路地に引戸が設置されていて、意味ありげに石塔が立っている。
右手前に小さな祠があり、その右にあるのが、鉄輪井である。故あって縁切りの井戸と言われ、縁を切りたい相手にこの水を飲ませると力を発揮する。ただし、現在この井戸はすでに枯れている。
ペットボトル等に水を持参し、井戸の上に置き、祠に手を合わせて悪縁を切ることを願うと、水に霊力が移る。その水を切りたい相手に飲ませれば良いのだそうだ。
本来はこのような悲しい言い伝えのある井戸なのである。この謡曲「鉄輪」で鬼となった女と対決したのは、あの安倍晴明である。
妖怪堂さんによると、鉄輪の女の話には3つの物語が交じり合ってあるというが、これ以上書くと業務妨害になってしまうので、興味のある方は西院 妖怪堂さんを訪れてみてはどうだろうか。
弁慶はかわいそうな女の冥福を祈るために静かに手を合わせたが、その脳裏には京都人の密かな愉しみのショートストーリー「鉄輪の女」で怨霊となって現代に現れた鉄輪の女を演じた、中越典子の面影が浮かんでいたかもしれない。
ね。















