シリーズ4回目、今回は日帰りで島原でございます。
輪違屋さんは現在も4人の太夫が在籍しており、営業をしております。(一見さんお断りですので、簡単にはお座敷遊びは出来ません。)
太夫とは芸妓の最高位を指しております。
1階は自由に撮影できますが、2階は禁止されています。
主たる座敷の外側に見えるお庭。ここの右側がその部屋で、縁側には柱がありません。テコの原理で軒下を支えているのですが、お庭をすっきりと見せる工夫のようです。
お部屋には新選組 近藤勇の書を屏風にした物があります。
その昔、太夫が馴染み客に送った恋文だそうです。
こちらも同様。
続いて歌舞練場跡の文芸碑その2に来ましたが、名残はありません。
戦った刀傷ではなくて、あまりにも金使いが過ぎたので、京伝統のいわゆるつけ払いをある時、急に禁止して現金払いにしたようなのですが、それで暴れて付けた傷という、けっこう情け無い傷であります。
松の間
芹沢鴨はこの部屋で大宴会を仕組まれて、帰ってから暗殺されました。
花街では、どんなに酔っ払っていても、泊まることは許されていなかったそうです。
さて、建物は撮ってもいいけど、陳列してあるものは撮影禁止です。と、言われても、どこから良くてどこからダメなのかよくわからないですよね。
奥に茶室が見えますが、角屋は揚屋さん。揚屋とは、料理を作って提供をするとか、茶室があるとかいくつかクリアするのには条件があるようです。
ちなみに茶屋は仕出を取り寄せて、料理はしません。
こちらも宴会をする部屋。格子戸と簾で外からは中は見えないけど、中からは外が見える仕組み。
この広さで柱がないので、現在の基準からするとかなり危ないようですが、2階にも宴会をする部屋があります。どうやら特別公開期間は逆に上がることが出来ないらしい。
実は揚屋という名前は、2階にメインの宴会場があって、そこにお客を揚げるところから来ているようです。
左の石は富士山に見立てているそうな。右奥、灯篭の背後の井戸は今でいうオブジェで、滑車は陶器で出来ていて本物の井戸ではないんだそうな。
料理をするためにいくつもの竃が並んでいる。
今は根元には弁財天が祀られています。
誰か弁慶を、一見さんじゃなくしてください(笑)。
ね。






























