弁慶 比叡山に帰る④ | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

横川(よかわ)には14時19分に到着しました。このバスの折り返しの出発は14時30分。とても間に合わないので、次の15時発を目標にします。

入口でチケットを見せて、急いで坂道を下って行くと右上に横川中堂を見上げるところに着きますので、手前を右に曲がって階段を登り正面へと回ります。



横川中堂

ここも根本中堂と同じ香りがしたので、どこから匂うのか探してみたのですが、どうやら焼香の香りのようでした。



横川中堂の御朱印は御堂の中で頂けます。



横川中堂では恵心堂の御朱印も頂けます。

横川中堂では仏様ごとに御題目が書いてあるので一通り唱えて、預けてあった御朱印帳を受け取り先を急ぎます。横川中堂の正面をそのまままっすぐ進んで行くと、しばらくして道が左右に分かれます。右に行くと御朱印を頂いた恵心堂がありますが、迷ったうえで左に曲がることにしました。



左に曲がって坂を下りて行くと元三大師堂があります。



元三大師、第18代天台座主の良源は角大師、豆大師などの異名を持ち、広く信仰を集めているそうです。

また元三大師はおみくじ発祥の地。

ここでおさらい。貴船神社は絵馬発祥、丑の刻参り発祥の地。



正面、元三大師堂は村上天皇の勅命により季節ごとに法華経が論議されたことから四季講堂とも呼ばれます。



元三大師堂の御朱印。

ここより参道を戻りバス停へと向かうこととします。12分くらい時間がありました。



横川から三千院はそんなに遠くはないのだけど、でもそんなに近くもないのになぜ大原三千院門跡がここにあるのだろうか?

バス停には出発3分前に戻れたので、無事に西塔エリアへと移動しました。



15時11分、西塔着。公式HPには徒歩20分と書いてあるのに15時40分までに戻る作戦なので、ここも急ぎます。



ということで、釈迦堂まで一目散にやってきてお参りしました。10分かからずに普通に来られる気がします。



釈迦堂の御朱印。



帰りは少し余裕を持って「弁慶のにない堂」、左が常行堂。



右が法華堂。

実はこの2つのお堂は渡り廊下でつながっていて、弁慶がそこに肩を入れて担いだので「にない堂」と呼ばれているそうです。渡り廊下はかなり頭上を渡っていて、そこから推定すると弁慶の身長3メートル以上はある必要があります。



かなり楽勝でバス停に戻ってきました。鐘楼とか見ても大丈夫だったかな。

これは駐車場にそびえ立つ弁慶杉。

さて、本来の計画ではここからバスで比叡山山頂に移動し、比叡ロープウェイ、比叡ケーブル、叡山電鉄を乗り継ぎ京都に戻る予定でした。

問題は京都駅のコインロッカーにデポした荷物を回収して宿にチェックインすると、6時30分くらいになりそうということで、それではその後の予定もずれ込んでしまいます。

ということで、30分は短縮出来そうな往路を戻ることにしました。ちょっと残念ではありますが。

ね。