山の中の温泉に求めるもの | 朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶のささやかな交湯録

朝寝坊弁慶の由来は、朝寝坊して昼過ぎからのこのこと温泉に出かけていく習性に由来しております。

弁慶はなにかといえば、語呂合わせみたいなものです。

興味の幅がありすぎて、まとまりがありません。最近は京都に住んでいます。気持ち的にはです。

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子供の頃、親に連れられていった温泉の楽しみは温泉街での散策で出会える、射的や、スマートボールなどの遊びだったと思う。お湯がどうとか気にした記憶はない。そりゃそーだ(笑)。


今、山の中まで温泉に入りに出かける理由はなんだろうと思うと、それは「いいお湯」があるからだし、「いい景色」があるからだし、逆説的に「何もない」からだと思う。


不便だから人が来ない・・・旅館経営者にとっては困った話だろうけど、交通の便が良くなって寂れてしまった温泉街は日本中にあるはず。それはなぜ?


一攫千金を狙った大きな資本が入ってくれば既存の業者では対抗できないのはあたりまえだよね。(その点では例の沢渡温泉における継承者は養子縁組をしなければならないという制度は素晴らしい。)そして、そんな観光ホテル好きな人が多い。それは我々みたいな人種にはありがたいことだけど、それで雰囲気のよい鄙びた宿がなくなってしまう現実にも直面するわけだよね。


不便な場所にあるけど人気な温泉ってどんな特長があるのだろう。恵まれた自然があって、恵まれたお湯があって、そして最低限の宿泊施設(ある意味不便であっても可、最近女性に人気の宿坊泊の魅力は何って考えればわかるでしょ)。都会では味わえない空間の提供なんだと思う。そう、お湯に集中できる環境も(笑)。


空間の提供となると庭園の整備?、いいえ、誰もそんなもの求めてません。もともと自然の中にやってきて人工の造形美を見てもしょうがないでしょう。


いかに周辺環境を維持するかを地域ぐるみで考えないといけないというレベルの話です。秘湯の一軒宿には困難でしょうか。そうですね、でも秘湯の一軒宿なら周りの環境も大きく変化することも少ないでしょう。その秘湯の一軒宿と巨大温泉街とのちょうど中間にある宿集団が一番これをやる必要があるわけです。


私たちの世代でいえばあれです。最近は田舎のほうに出かけていってもあまり目にすることのなくなった感はありますが「由美かおるのキンチョール」の看板とか。原風景とでもいうのでしょうか。いや、これはたとえ話ですよ。古物商に行ってそんな看板集めて街のあっちこっちにはらないでください。


でも、すでに張ってあるような雰囲気のあるお店があったら、もし、それが廃業してしまっていて、いずれ取り壊される運命にあるのなら、共同で購入して運営してみたら?って思います。外観はなるべくそのままでね。


そこで何やるのか。まずはお土産屋の共同化。各旅館でやっているお土産コーナーをここに共同経営してスペースの有効利用、仕入れコストとロスの低減なんかも考えられるのでは。地元の主みたいなおばあちゃんに店番頼んだら最高ですよ。買う側も面白い話が聞けたりしてね。


そしてコンビニ的な売店。実は都会人はどこまでいってもコンビニがあると信じています(爆)。ところが実際コンビニみたいな24時間稼動させる店舗はそれなりの集客ができるエリアにしか存在できない。24時間やれってことではないです。概ねお客様が帰る時間帯と来る時間帯だけ開いてればいいんだし。「あ、あれ忘れた」、「これ忘れた」(まあ、大概デジカメの電池とか温泉にいくんだからけっこう限られた商品ですね)、コンビニあるからいいじゃん、・・・・・ついちゃった・・・・・・どーしよ(;_;)って経験、みんなあるでしょ。


さあ、今日もオレンジのツナギ着て、がんばんべ(笑)