心優しい愛あふれるあなたへ



クライアントさんからの

お話をもとに、書かせていただきます。

blog掲載は、クライアントさんからお許しいただきました。

一部修正し、再投稿いたします。

是非お読みくださいませ。




不意に、ラジオから流れてきました。

『悲しい色やねん』

上田正樹さんの歌です。





私は、懐かしくてたまらなくなりました。

そして、

手に冷たさを感じました。


いつのまにか、涙がポロポロ流れて、

私の手に落ちていたのです。

冷たさの正体は、涙だった。。。。。


京都は狭い街です。

京都出身の上田正樹さんのお父様は医師で、

私の育ったところのすぐ近くで勤務されていました。

私は母から、よく、お父様のことは、聞かされていました。ちなみに、上田正樹さんは、私よりひとまわり以上、年上です。


上田正樹さんが、

どんどん有名になってきた頃、

私は、大学受験を控えていました。

失礼ながら、当時は、上田正樹さんには、全く興味がありませんでした。

『悲しい色やねん』

は、よく流行っていたので、あちこちで流れていたのは、覚えてはいます。


私は、教育学部へ進みました。

教師になれば、ひとりでもやっていけるだろうと考えたのです。

母は、専業主婦で、いつも、父にえらそうにされていて、嫌だったので、仕事をもつことを考えていました。

とにかく進学しなくては、合格しなくてはと、真剣でした。

なんとか、無事、大学に合格。

母の希望で実家から通っていました。

私は、いつ、実家を出ようか、虎視眈々。

大学卒業後は、小学校に勤務。

採用試験に合格した時の気持ちは、

最高にウキウキしていました。

勤務先が少し遠く、それを言い訳に、

やっと実家を出ることができる!

本当に嬉しかったです。


私は、ひとりで暮らすことになり、それはそれは、せいせいしました。

女子大生だった私は、時々、家庭教師をしたり、ホテルのラウンジでピアノを弾いていました。稼いでいました。

そのアルバイト代が高給と知ると、

お金を要求するような父から、

離れることができたからです。


スキップしたくなるくらいの私の気持ちは、

誰にも話してはいません。

実の父を悪く言うなという批判があることを

予想していたから。


小学校教諭の私は、

ライブ活動されていた上田正樹さんのことは、何にも耳にも目にも入らない、

自由勝手気ままな毎日をおくっていました。



そして、

私のひとりきりの弟、

1つ違いの弟は、1年間浪人し、やっと医大生になりました。

弟とは、仲良くしたいとは思っていたのですが、弟は、父に似て傲慢です。

ひとりきりの弟だけど、だんだんと、

どうにも苦手な存在になりました、

私とは、全く世界が違うのです。

同じ母から生まれ、同じ家で育ったのに。


そんな弟も、

一人暮らしをして、医大に通っていました。


秋になり、学園祭シーズンになりました。

珍しく、弟が、ひとりで暮らす私に電話をしてきました。

驚きました。


医大の学園祭に、

上田正樹さんが来るから来ないか

という誘いだったのです。

たまたま、私は、休日でした。


弟が最寄り駅まで迎えに来てくれました。

弟は、姉の私が言うのも変かもしれませんが、いわゆるイケメンくんです。

スラッとしていて、俳優になれそうな。

おとなっぽい雰囲気もあり、私が妹みたいに思われてしまうこともありました。


実は、弟は、母方の祖父にそっくり。

祖父は、本当にカッコ良かったです。

背も高く、白衣も似合う、真面目な内科医。

私にとても優しい祖父でした。

不真面目な、

ちゃらんぽらんな父とは大違い。


医大の校内に入り、弟と並んで歩いていたら、

たくさんの視線を感じます。

弟は、医大生の中でも有名な様子でした。

ライブ会場に行き、

弟と並んでいたら、弟は、数人の友人達から、

「彼女いたんだ、内緒にしていたの?」

と言われていました。

弟が

「姉だから」

と否定しても、疑いの目ばかりでした。

そう、私と弟は、全く似ていません。


上田正樹さんの歌は、なかなか良かったです。弟はファンみたいでした。

なぜ、私を誘ったかは、未だに謎です。


時は流れて、40年。

弟とは、もう20年は会っていません。

父が金銭トラブルをおこしたのです。

父が教職に就いている私を利用し、

私は、成り済ましをされます。

なんと、私の名前で借金し、女性にお金を渡していました。


弟は、父側に、なぜか、つきました。

そのことも、私にはショックでした。

親戚に言わせたら、父に騙されているのではないか、真実を知らないのではないかということです。

私も、それは感じていました。

詐欺師の父は、嘘がうまい。


私のまわりは、

私の身内は、医師だらけです。

医師には世間知らずが多いです。

まわりから、大事にされて、

世の中が、わからなくなるのでしょう。

だから、赤子の手をひねるより、医師を騙すのは簡単だと、私は思います。


母は、とうとう家を出ました。

私は、行き場のない母を引き取ることにしました。母は、いつも泣いていました。

父に騙され続け、手元にお金も何もなく、病気を抱える高齢者になっていました。

私は、真実を弟に知ってもらいたいと、手紙を書いたのですが、父に洗脳されている弟は、

なんと手紙を返送してきました。


弟は、

父の話しか聞かない状態になっていました。

なす術もない私。

お金はひとを幸せにも、不幸にもするのだと、私は、その時に学びました。


私は、今も毎日、お昼には、小学校で260円の給食を食べています。

朝早くから、自転車で小学校に行き、夕方に帰宅できたら良いほう。

だから、忙し過ぎて、お金をつかわない日があります。

金銭トラブルを抱える父は、

私とは真逆の世界のひと。

お金を湯水のようにつかうのです。


母と二人暮らしになり、20年。

やっと、父はいなくなってくれました。

孤独死でした。

借金を残してですが。


それでも、弟とは音信不通。

まるで、母と私が悪いと言わんばかり。

弟の心は、いつ溶けるのだろう。

なぜ、母のことを考えてくれないのだろう。

成り済ましされ被害を受けた私の気持ちを考えてくれないのだろう。

父は嘘つきと知っているはずなのに。


上田正樹さんの歌を並んで聴いたあの日。

まさか、まさか、

こんなに長く弟と会えないことになるとは。

私に会いたくないならかまわないけれど、

せめて、せめて、

母には会って話を聞いてあげてほしい。

私の願いは、何度も手紙にしていますが、

届くことはありません。


そう願う私は、

ラジオで聴いて以来、上田正樹さんの歌を、よく聴くようになりました。


真実が明らかになる日が、

弟の心が母に向くことを願う私です。


おしまい。







みーんなで、幸せになりましょう。





山口雄也さん。




もちろん、
Amazonや楽天等でも買えますが、
街の本屋さんで、是非、
お取り寄せ、お買い求めくださいませ。
よろしくお願いいたします。

大和ゆか








斎藤ひとりさんの言葉。


悪口は、
人に向けて言っているようで、
実は、
そっくりそのまま、
悪口を言う人に返ってくる。





お読みいただき、

ありがとう存じます。

皆様、お健やかに。

では、また。


ごきげんよう。