プラハからウィーンに戻ってます。




今年二度目のウィーン。



大昔に行ったので、今回は館内には行かないけれど、
ベルヴェデーレの美術館には、ちょっとした思い出があるの。館内はなにも覚えてないけど…😵



ここにはウィーンのスター、クリムトの《接吻》がある。

誰もが知ってる アレね。


なんとも印象深い、斬新な構図と色彩だとは思う。
でも、 my thing ではないのよ。私にはね。



ゴッホもミュシャも、実は my thing じゃないの。
ミュシャなんて、私には「タロットカードみたい」に見えてしまう。
もちろん綺麗な絵だとは思うけれど。


……あ、脱線。




そのベルヴェデーレに、ムンクの《浜辺の男たち》という絵がある。


「普通のムンク」と言うか、
《叫び》のような、あのムンクではない。
たとえばピカソも若い頃は「普通の絵」を描いていたでしょう、という意味での普通。
デフォルメされていない絵ってゆーのかな。





ヴェルベデーレで学生の頃、そのムンクの 浜辺の男たち を見て、
「この絵、何かで見た絵に似ている」
と思った。


でも、どうしても思い出せない。

確かに 何かの絵を彷彿させるのだけど、 でてこない。




今ならググれば一瞬だけれど、
当時はそんな時代じゃない。
しばらく、ずーっと頭の片隅に引っかかっていたの。 

なんだっけ?なんだっけ?ってね。



そしてある時、突然、


「あっ、青木繁だ!漁師さんの絵だ」


と降りてきた。



日本に帰ってから図書館で調べて、
《海の幸》だとわかった。



こうして並べると  海辺ってロケーションと人体の色合いくらいで、

似てるわけじゃないんだけどね。私の感じ方です。


今 調べたら、ムンクのが1907年頃

青木のが、1904年

ほぼ同時代


一人で、ものすごく興奮してたの。


ところが、その話を学校の友達にしても、
誰ひとり共感してくれない。



その時さ、


  なんで私、商学部なんかに来たんだろう。って、思ったのよ



絵がうまいわけじゃない。でも、絵は好きだった。



だったら、違う道もあったんじゃないかと。



それは今でも、ときどき思う。


人生は選択の連続で、
選ばなかった道は、別の道を選んだ瞬間から消えてしまう。



この道を悔いているわけではない。
……と、まあ、強がるしかないのだけれど。


もし違う道を選んでいたら、どうだっただろう。


美術に関わる仕事。
キュレーターとか、建築とか。



そんな思い通りの仕事に就けたとは限らないし、
きっと現実は、そんなに都合よくはいかなかっただろう。


でも、
何か心を豊かにしてくれるものに触れながら、
生きていく道もあったのかな、と思う。



選ばなかった人生なんて、
今さら確かめようもないけど、


指の隙間からこぼれ落ちていった何かに、
思いを馳せる時がある。


お茶しながら ぼんやり回想











ウィーンは、

なんだか 私を昔へ連れていくわ。