昨日は久しぶりに家族揃っての夕飯だった。
オットの休日は月によっても違うけれど、
一日も休みがない月もあったほど。
平日もほぼ毎日残業。
暦通りの仕事にも関わらず、年末は31日深夜まで働き、1日も出勤。
オットは責任感が強くマジメの前に何かが付くぐらいな性格の為、引き受けてしまうのか?
はたまたアイツに頼めばやって貰えると思わせるオーラを自ら醸し出しているのか?
いい加減なのも困るけれど、あまり真面目過ぎるのもまた問題だ。
思いがけず4月に激務でない部署に異動となり、
早い時は18時に帰宅し、
「随分と早いお帰りで」





とつい口にしてしまったほど。
それまでは深夜帰宅が続き、
私が起床すると既に朝刊が玄関に置いてあり、
2時〜3時過ぎに帰宅だったのだろう。
そして7時半には出社。
元々寡黙なオットは聞かないと自ら話すタイプではないだけに、表情から読み取るしかないワケで。
表情から察するに、明らかに疲れ切っていて能面のように生気がなかった。
悩んだ挙句、
何はともあれ、先ずは記録をつけることに。
高橋まつりさんの過労死があってから特に厳しくなってはいるが、恐らくオットはサービス残業だと思われた。
つけ忘れもあるが、とにかく記録をつける。
オットに帰宅時間を聞くも、あまり言いたがらず…
実際はもっと遅くに帰っているはず。
その上で私は戦線布告よろしく、オットに告げた。
出世するに越したことはないけれど、食べるのに困らない程度に暮らしていければ良いと思っていること。
酷な言い方だけれど、あなたがいなくなったとしても代わりにやる人はいるだけで仕事は滞らないこと。
身体を壊して自死や病気になったら、家族を路頭に迷わせ、子供たちを残してどうするのか。
もしあなたが病気や亡くなったりしたら、あなたの実家から私は叱られるに違いない。
叱られるわけがない、と言っていたけれど、もし息子がそのような目に遭ったら私はお嫁さんを問いただすだろう。
そこまでしても責任感の強いオットは聞く耳を持たず、遂に私は次の一手に出る。
部長が顔見知りの方だった為、残業時間内に電話をかけたのだ。
遅い時間にも関わらず、若い女性が出た。
部長は既に帰宅し、あろうことかオットに繋いでしまった。
オットは明け方に帰宅し、私は5時過ぎに起床し、鉢合わせ。
そこから口論が始まる。
明け方にも関わらず、私とオットは言い合いになった。
私が電話したのがどうにも気にくわないらしい。
私も子供たちを守る為、また必死だった。
結婚生活でこんなに激しい喧嘩は初めてで、離婚という文字がふと脳裏をよぎったのも事実。
それぐらいの覚悟だった。
一冊のノート。
中身は中学時代の息子のプライベートなことが書いてある為、見せることはできないが10ページにびっしりと綴ってある。
見せしめや人格を否定する問題ある教師に目をつけられ、息子は自傷行為を起こすようになり、何度も電話するものの埒があかず、母の知り合いの弁護士に相談し、記録をつけ始めたのだ。
息子が中学に入学する数年前、ある生徒が自殺した。
両親は疲れ切って声をあげられるどころか、寝込んでしまった。
つまり亡くなってから行動しても遅いということだ。
子供を守れるのは親だけ。
私はボイスレコーダーをしのばせ、ノートに日時、場所、内容、同席したメンバーを事細かに記録した。
そうしてノートを携え、教師に対して改善を求めて校長室へ。
言った言わないの口約束にならぬよう、一筆を書いて頂くよう告げるが、案の定印鑑を押すことを拒まれた。
押して頂くまで、帰りませんと校長室に籠城。
口約束はもちろんのこと、校長が万が一亡くなってしまった時のことを考えれば絶対に譲れない条件だった。
遂には校長は今日は難しいので、明日自宅に届けてくれることに。
その後その教師は異動となり、私と息子の戦いは終わった。
記録を突きつけられるということは、認めざるを得ないということだ。
今、世間を賑わしている記憶と記録。
ご存知の通り、
キオクとキロクを比べれば一目瞭然。
記憶はどこまでも曖昧だけれど、
記録は動かぬ確実な証拠となり、私たちを守り決して裏切らぬということを。



















プライベートな部分も含んでいることから、
随分と重い内容になってしまいました。
オットは運良く激務ではない部署に異動となり、結局、残業記録カレンダーを使う機会はありませんでした。
これらは私の勝手な使命感から勇気を振り絞って綴ったものです。
私の体験を参考にして頂けましたら幸いです。
追い詰められ、
もうこれ以上悲しい思いをする人がいなくなることを願って…。

