ペット流通についてのシンポジウムの続きになります。
前回はこちら→☆
趣旨
『動物愛護や動物福祉に対する関心が高まり、愛護団体は保健所に持ち込まれた犬や猫を引き出し、多頭飼育崩壊の現場から動物たちを保護したりして里親探しに奔し、市民や行政は地域猫の普及に向け協働するなど、多くの人たちが不幸な動物をなくそうと様々な取り組みを行っている。
それにも関わらず、今も年間10万匹もの犬や猫が殺処分され、大量遺棄や虐待など痛ましい事件が後を絶たない。
蛇口を締めることなく、その下にこぼれ落ちる命をいくら救い上げていっても、それだけでは問題は解決しないのである。
つまりペット流通のあり方を改善し、そこからはじき出される動物たちを減らすことが、人と動物の共生する社会を実現するためには不可欠といえる。
そこでシンポジウムでは、動物愛護法の改正に向け、8週齢規制、飼育施設基準、マイクロチップ義務化、動物取扱業者の許可制導入等、ペット業界の健全化に向けた論点を整理し、蛇口を締めるための現実的かつ実効的な法政策につき、議論を行う。』
前回同様、今回も大まかに個人的ではありますが感じたこと、考えたことを織り交ぜながら綴っていきたいと思います。
パネリスト
●藤野真紀子氏(料理研究家/元衆議院議員)
・生体販売…命あるものの在庫があるということ。
大量生産、大量在庫、大量消費、大量処分
このような悪循環を断ち切ることが重要。
・飼い主…ペットに対する意識
ペットは玩具、ファッション、アクセサリーではない。
多頭飼育崩壊を防ぐ為、里親に託す場合は前もって避妊、去勢手術を施してから譲渡するなど。
ドイツのように生体販売のないペットショップ(フード、グッズ、トリミングのみ販売)にし、純血種を望む場合は厳しい規則を課した個人ブリーダーから適切な飼育者へ。
藤野真紀子氏は個人ブリーダーから、そして保護犬とも暮らしているそうです。
質の良いブリーダーから、、と繰り返し話されていたのが印象的でした。
ごもっとなことだと思いながら、質の高いブリーダーからなら、全て質の良い動物が生まれるとは限らないとも感じた。
必ずしも質の高いブリーダーの元からでも、障がいや病気の犬猫は生まれるものだ。
わたくしの個人的な意見を言わせてもらえば、日本で殺処分が行われている現状で優先順位を考えたときに、先ずは保護犬、保護猫を迎えることが先決だと思われる。
ヨーロッパのように、日本でもペットショップが廃止され、また殺処分制度がなくなったときに初めて、厳しい基準(必要な届け出、繁殖回数の制限)の審査を通ったブリーダーから迎え、選択できることを望みたい。
殺される命が何万とある以上、過剰に産ませる必要はないと思うから。
安易に売らぬよう、行政が常にチェックし、また消費者の基準を明確にし、遺棄を防ぐ為に、伴わない場合は売らないことも視野に入れる。
以前、ヨーロッパの個人ブリーダーの記事を見たときに、金銭的に余裕があり、繁殖業も副業としている方が多いように感じた。
金銭的に余裕があるから、産めよ、増やせよ…にならない。
日本では繁殖業を生業にしている場合が多く、金銭が絡んでくると、どうしても欲が出てきてしまうのではないか。
だから犬や猫を命と見なさず、商品、金と捉えてしまう。
以前テレビで繁殖屋が一匹、一匹が札束に、福沢諭吉が何枚というように見えてくる、と言っていたのが印象的だった。
その点、ヨーロッパのブリーダーは金銭面で余裕があり、特定の品種に対する愛情の深さから、消費者に求める質も厳しく、基準に満たない場合は断固として売らない。
つまり利益ではなく、自ら育てた犬猫が幸せになることを一番に考えていることがよくわかる。
消費者が小さい犬猫を望めば、ブリーダーは8週齢の壁に反対する。
消費者は犬猫のことを第一に考えたときに、親兄弟と過ごすべき時期、社会性、免疫力を考えれば、小さい仔にこだわる必要性もなくなる。
それをもってしても、小さい仔が欲しい、可愛ければそれでいい、、と思う人は
そもそも犬猫と暮らすべきではない。
要は売れなければ、ペットショップは儲からない。
お金で命を買うことにより、不遇な犬猫を新たに作り出してしまうということ。
その悪事に消費者も加担、共犯者になってしまうということも忘れてはならない。
早い時期に社会性が身につかずに問題行動を起こし、遺棄される。
また、離乳直後に引き離された為に免疫力の低下により、病気になりやすく遺棄。
もの言えぬ動物たちが人知れず、闇に葬られ、または殺処分に繋がらない為に、私たちができることを今一度問うてみる必要があるのではないだろうか。
次回に続きます。
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