今年一番のショック。

 

今年一番の私的なショックの一報が

入った。

 

この日の生駒山、どんより曇っていた。

ブログのネタに撮った写真だが、ショックを

表現する写真になるとは思わなかった。

 

 

このどんより日に応じた

悲しみの連絡が入った。

 

 

遡ること30年ぐらい前のバブル期に

私の部署に異動してきた当時若き

社員Y君がいた。

 

6~7年間ほど、法人向け営業として共に

仕事をしてきた。

彼とは、ビジネスでの思い出も多く、

公私ともに仲良く日々を過ごすことができた。

彼女ができると、私に紹介し、個人的な

相談にもいろいろのったりと、兄貴代わりの

時代を過ごしたものである。

 

そんな、ある日、彼は退職を申し出てきた。

理由は新たな業界へ、チャレンジしたいとの

ことだった。

 

私は反対した。

新婚であった彼の生活を考えると、現状の

上場企業勤務による生活の安定を最優先に

考えたからであったが、今から考えると、

彼にとっては正解だったといえる。

 

この転職業界、今では無くてはならない産業で、

当時は市場を拡大させるための先駆者であった。

 

転職後の彼とも時々、会っていたが、ほど

なくして、東京へ単身転勤してしまった。

この期間が十数年にも渡り、徐々に疎遠に

なっていったが、賀状交換だけは欠かすことは

無かった。

むろん、今年も元気な家族写真とともに

東京から帰ってきたというメッセージも

添えられていた。

 

相変わらず、平穏な毎日を送っている

ものと思っていたのに、突然、奥さんから

連絡が入り、亡くなったとのこと。

 

生前、私との思い出話をよくしていたそうで、

知らせないと思い、連絡をいただいたようで

ある。

 

あまりにも、ショックでこの夜は眠ることが

できなかった。

 

翌日、京都で行われたお通夜で

対面したが、Y君ではなかった。

 

改めてガンという病魔の残酷さを知らされた。

 

棺の中のY 君はスーツにネクタイ姿で

収まっていた。

 

奥さんの話では、胃がんのステージ4

にもかかわらず、なぜか、スーツを購入

していたとのこと。

 

このスーツを着て出勤するつもりだったのか?

棺に入るために用意したのか?

買った目的は分からないが、結果的に

旅立ちのスーツになってしまった。

 

翌日の葬儀も参列したが、まるで、社葬で

あった。

それもそのはず、後で分かったことだが、

役員の一歩手前の役職であったようだ。

社員数4万名の会社で、TVでCMが毎日

流れている巨大企業である。

 

参列した多くの部下たちが涙しており、

Y君の人柄が偲ばれる。

享年55歳だった。

 

今回のことは私の大きな教訓になった。

年齢に関係なく、疎遠になっている人には

会っておくべきである。

相手が忙しいだろうと気遣うことも無用

だということも分った。

 

合掌。