熊本地震があって熊本在住の生徒さんにメールをしたものの、送ってから「ほんまに被災してたらこんなメールもただの迷惑になったかもしれん・・・」と気づき反省したわけですが。
結果的には彼女の住まいや仕事場辺りは大丈夫だったと返信が来てホッとしました。
そしてこういうタイミングで熊本の方のセッション予定が入っていたので、そちらも「延期もキャンセルも出来るので言ってください」と連絡したところ、「幸い自宅は大丈夫だったので、こういうときこそむしろお話したいです」と仰っていただきました。
そうしてそのセッションでは最後に、「具体的にどう動くかイメージ出来てすごく元気が出た!」と言ってもらって私も嬉しかったです。
今の私が熊本地震に関して何が出来るか? と考えてもせいぜい少額の募金ぐらいのもので、時として自分って無力やなぁと肩を落としがちではあるんですけども、実はこの熊本在住の方に「元気が出た」と言っていただくことだって、巡り巡れば「私に出来ること」かもね、と思います。
それは熊本在住の方に限らず、です。
日々、私と話すために(数秘の話を聞くために)時間やお金を使ってくれる方々に対し、自分に出来る最大限のことをして循環を生むこと、これが今のところ私が世の中に対して「出来ること」です。
会社勤めの方なら日々自分の職務を誠実にこなすこと、農家の方なら作物の世話をすること、主婦の方ならお家に関するあれこれをすること・・・
それらは全部「自分に出来ること」
人はそれぞれの環境で目の前にあることに誠実に向き合っていれば、案外巡り巡って誰かのためになったり力になったりもするものです。
セッションでもよくご自身のお仕事に関して「別に私でなくても代わりはいくらでもいるし」と言う方が多いですが、「誰がやったって同じ」と思ってみんなと同じ仕事をしてたら確かにそうなのかもしれない。
でも同じことをするにしても「私ならではの何か」を加えて取り組めば、それって「私にしか出来ないこと」になるんちゃうやろか、というのが私の考え方です。
たとえば私がやってることだって、「数秘術をやってる人なんて他にもたくさんいるし」と言えば確かにそうです。
でもセッションの時間に関して、「私は私に見えるものを私の言葉で伝えてるんですよ」という想いでやってれば、それって案外「唯一無二」で「他の人に同じことは出来ないでしょ?」ってことじゃないかと思うんですよね。
結局ここでも「どういう視点で」「どういう想いで」見てるか、取り組んでるかの話になるんでしょうけど。
この世界は自分が作ってるんだよ、というのはこういうことだと思っています。
どういう視点で見て、どういう想いで取り組んでいくのか。
自分はどうありたいのか。
そこらへんの意識を持つかどうかで、世界は変わるんだと思っています。
★★★
最近はnoteでもいろいろ書き始めたので、よかったらそちらも覗いてみてくださいな。
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