数秘をやり始めてから「座標軸」は気になるワードだったけど、占星術を学び始めると余計に気になってきてる。
考えて見たらものすごく当たり前なのに、普段は意識してないなぁと思う「座標軸」。
私が言いたい座標軸とはその時点で自分が立っている地球上の1点、という意味。
1点、まさにピンポイントのその同じ場所にはどうやっても一人しか立てない。
たとえ誰かと密着していたって、それは同じポイントに立ってることにはならない。
ってことは、どんなに頑張っても全く同じものを見ることは出来ない。
恋人同士がロマンティックに夕暮れの浜辺に並んで座って太陽が沈むのを見ていても、実は全く同じ景色を見ているわけではない。
大体同じだけど厳密に言えば微妙に角度が違う。
そのことは、結構いろんな示唆を含んでいるなぁと思うのだ。
ところで、おかしなことに私は子どもの頃から「私が青だと思っている色と全く同じ色を他人が青と思っているのだろうか?」なんて考えることがあった。
それぞれの青は大体同じようでも実は違うのかもしれない、場合によっては日本語では緑を青というぐらいだから、全然別の色を同じ名前で呼んでる可能性すらある、なんて考えていた。
おまけにこのことは、自分が「相手の目」で世界を見られない限り永遠に確認は出来ないんだ、と思っていた。
変な子供w
座標軸の話に戻ると、だから視点を持つすべての生き物は自分の座標軸からしかものを見ることが出来ないし、それゆえ見ているものは100%他人と全く同じではない。ほとんど同じだとはしても。
こういう考えは、「人は一人一人が特別な存在」みたいなことにも繋がっていく。
「特別」という言葉にはちょっと誤解が生じる余地があるから言い換えるなら、それぞれがユニークとかそれぞれが唯一無二ということだ。
だから数秘で言えば、ざっくりと「あなたは5だから~」とか括ることはものすごく乱暴だし、それは占星術で「双子座だから~」とかも同じことだろう。
多分それは「日本人だからお米が主食だよね?」ぐらいには有効かもしれない。
大雑把な傾向は掴めるかも、という意味で無意味ではない。
でも唯一無二の個人の話をするならば、やっぱりその座標軸についてちょっと考えてみる必要はあるのかななんて思っているわけです。
今日の記事はちょっとだけ真面目に占星術の勉強をしてるときに、ネイタルチャートというものがそれぞれが生まれた時刻・その場所から見上げた天空の状態を示しているのだ、という基本の基本のところで「ほぉ…それは大層ロマンティックであるな」と一瞬呆けたと同時に「座標軸・・・」と思ったことを思い出して書いてみました。
★★★
最近はnoteでもいろいろ書き始めたので、よかったらそちらも覗いてみてくださいな。
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