和数秘学®では、アラビア数字だけではなく漢数字ややまとことばの数の「音」からも数字のエネルギーを読み解く。

 

 

不思議とそこには「共通項」が多い。

 

 

もちろん全部ががっちりハマるわけではないけど、部分的に強く重なる部分にはその数字の核になる性質が現れると思う。

 

 

最近は講座で使うテキストのブラッシュアップのために、日夜AIとの壁打ちをしている。

 

 

私は「物語」が好きだし、美しい言葉にうっとりとする性癖がある。

 

 

やまとことばと数字の関連を見ていくとき、この「うっとり」の状態によく陥って束の間「ほぅ・・・」と手が止まる。

 

 

昨晩は、やまとことばの数の音のまとめをしていた。

 

 

「2」の所でこの「ほぅ・・・」に陥った。

 

 

2はやまとことばでは「ふ」

 

 

「ふ」という音に古代の日本人はどのようなエネルギーを感じていたか?

 

 

今のところ、それをアカデミックにしっかり裏付ける根拠はないので独自に調べている。

 

 

私はAIに「ふ」から始まる二文字または三文字のやまとことばをたくさん挙げてもらう。

 

 

大体サンプルは意味がかぶるものを除いて30程度。

 

 

その単語を「雰囲気」でグループ分けしていく。

 

 

そこから傾向を推測していく。

 

 

この作業の中で、昨晩は「ふ」の言葉の中に「ふね(舟)」を見つけて「ほぅ・・・」となった。

 

 

大体私は言葉の字面を見て音を聴いて、そこから脳内に場面が浮かぶんだけど。

 

 

この「舟」のイメージは季節柄もあり、「蘇州夜曲」の歌詞の一場面のようなムードが浮かんだ。

 

 

「蘇州夜曲」 西條八十 作詞

 

君がみ胸に 抱かれて聞くは
夢の船唄 鳥の歌
水の蘇州の 花散る春を
惜しむか 柳がすすり泣く

 

花をうかべて 流れる水の
明日のゆくえは 知らねども
こよい映した ふたりの姿
消えてくれるな いつまでも

 

髪に飾ろか 接吻しよか
君が手折し 桃の花
涙ぐむよな おぼろの月に
鐘が鳴ります 寒山寺

 

 

川べりに桜が満開に咲いてひらひらと花びら舞い落ちる川面を、一艘の小さな舟がゆっくりと流れていく。

 

 

膝枕で目を閉じている恋人の髪に舞い落ちた桜の花びらを、優しい手つきでつまむ女性の幸せそうな横顔(ここらへんは実際の歌詞とは少し違うけれども)。

 

 

ここらあたりが最初の「ほぅ…」で、そして次に、「ふ」はこの女性でもあり、舟そのものでもあるのだなと思ってまた「ほぅ・・・」となる。

 

 

愛しい人を乗せて緩やかにどこかへ運んでいくもの。大切に守りながら。

 

 

これが「ふ」、すなわち2のイメージ。

 

 

「ふ」は大切な人を守るけれども、自ら「行先」は決めない。決められない。ただ流れていくもの。

 

 

2の中にこういう性質が含まれているのだ、と感じ取った古代の日本人の感受性にもまた「ほぅ…」となる。

 

 

この「2は大切なものを包み込んで守る」という性質は、ほかのやまとことばでも補強される。

 

 

「袋(ふくろ)」や「懐(ふところ)」など。

 

 

受け止め、内部に容れる。陰のはたらき。

 

 

・・・とこんな風に「ほぅ…」となったり、AIと意見をたたかわせて「私の感覚ではそれは違う」なんて言いながら核心に近づこうとするとあっという間に2時間や3時間経ってしまう。

 

 

もちろん一人きりで考えるよりもずっと深められていいんだけど、ものすごく脳みそは疲れる。

 

 

うまく時間を区切ったりしながら、あまりハマりすぎて疲弊しないようにせねば、と思うこの頃であります。

 

 


個人セッション4月のスケジュールはこちらから