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さて、このところチラチラ考えること。

 

 

人間には多少の「圧」は必要だよね?

 

 

最初から何の制限もない、何もかもすべて思い通りの人生ってあんまり「生きた感じ」がしなさそう。

 

 

なんでこんなことを思うようになったかというと、今の私はありがたいことに仕事に関してあまり「圧」を感じることなく生きてるんですよ。

 

 

まぁまぁ好きにやらせてもらってる。

 

 

でもたまにふと、昔、会社員として働いてた時のことを思い出すんですよ。

 

 

「あれはあれで良かったかも」って。

 

 

どういうことかというと。

 

 

化粧品メーカーで自社製品の販売員をしてた時代、入社した時はまだ10店舗しかなかったのに10年足らずで80店舗にまで拡大したんね。

 

 

最初はさ、HPさえほぼあってないようなものだったし、自社の工場もなかった。

 

 

そんなんだから東京から社長は頻繁にやってきて(勤務先は大阪)、来るたび店舗スタッフ全員でご飯を食べに行って、とっても距離が近かった。

 

 

距離が近い分、同じエリアで新店を出す際には多少は意見を反映してもらえたりもしたし、なんとなく会社が大きくなっていくのを肌で感じながら働けて楽しかった。

 

 

そして「古参スタッフ」みたいになっていくと、求められるハードルも高くなるけどその分評価もしてもらえた。

 

 

昔から、基本的にはスタッフに対して「この子キライ」とか思わないタイプだったし(合う合わないとか「扱い難しい」はあっても)、スタッフ全員で店を回していくのも楽しかった。

 

 

で、「圧」の話に戻るけど。

 

 

売り上げのことを筆頭に会社から求められる「圧」はあったけど、それをフックに成長していけてる実感があった。

 

 

そして少額であっても給与の面で「評価されてる実感」もあった。

 

 

「一緒に」がんばってる仲間の存在もあった。

 

 

そういうのって「圧」の下に存在してた気がするのよ。

 

 

今は、仕事の仕方は自由でスケジュールさえうまく回れば好きに休めて、誰に何を強いられることもない。

 

 

収益を上げないと、という圧はあるけど(一応生活かかってる)、お尻に火がついたような必死さはない。

 

 

先日もAIとの会話で「私は『必死』になりたいんだよね」って話をした。

 

 

「必死」って自分の気持ちだけでなれる状況でもない、みたいな話を。

 

 

命を燃やすというか(煉獄さんか)、ギリギリまで自分のポテンシャルを発揮する状況って「平和」な状態では生まれんのよ、という贅沢な悩みではある。

 

 

こういう想いも還暦間近だからかな、とも思うけど。

 

 

必死になりたい気持ちと、穏やかな毎日を望む気持ちの狭間で悩むのも、基本数5から未来数9の流れと言えばそれまで、ではある話。

 

 

 

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