ハウス大好き天ちん
たとえ真ん中の数字(基本数)が同じでも、両脇の数字が違えば印象は随分変わるよ、という話。
私は実母も義母も「1」の人。
これ聞いてわかる人は「アア・・・」って思うかもしれんけどさw
ただね、両脇の数字は全然違うのよ。
実母 6-1(28)-1
義母 9-1(28)-11
なんとなく組成的には似てるけど、最後の1と11は大違いよね。
現在それぞれ80代前半のおふたり。
実母は一応夫が健在で同居してるけど「家庭内別居」
娘(私)とは絶縁 頻繁に顔を合わす息子には「喋ると殺意が生まれるから喋らん」とか言われてる。
一方の義母は数年前に夫を亡くし一人暮らし。
でも一人息子が二週間に一度は車で1時間半ほどかけて訪ねてきて、買い物や家の中の細々したことをやってくれる。
嫁(私)も年に5~6回はやってきて、年中行事やら誕生日やらを一緒に過ごす。
だいぶ印象が違うね。
恐らく実母は過去数の6の効き具合にも問題があったと思われる(それは今も)。
6には過剰になると「自分の正義を押し付ける」面が出てくる。
元々1は「この世の中には自分の正義しか存在しない」ので、それが6の過剰と掛け合わされると「家族や自分より『下』の者には自分の正義を押し付ける」という形で表出する可能性がある。
かばうわけではないけど、そうなったのには理由はあると思ってる。
実母は「親の愛を知らずに育った」人なので。
恐らく「過去生からのやり残し課題」はそこやったろうと思う。
いかに愛情問題をクリアにしつつ自分を貫いて生きるか。
これは結構難しい課題に見える。
そして多分実母はその課題をクリアせずに今世を終えるんやろう。
一方の義母は、1-11という流れらしく「人の話を聞かんところ」はあるけどもw、でも「仲よくしよう」という気持ちは見える。
ここが11ね。
特に一人息子であるうちの旦那はんとの関係性がとても11っぽいのよ。
「迷惑はかけたくない」でも関わりたいというか、「私は大丈夫だから放っておいて」という感じではない。
「来て」とか「寂しい」とかは言わないけども、来てくれるのはすごく嬉しいという感じ。
数秘を知った今では、私は実母が考えているであろうことをある程度推測できるようになった。
根底にある6が強ければ強いほど、「自分の家庭」への想いが深かっただろう。
実際、母はよく「専業主婦になりたかった」と漏らしていた。
そして養父と結婚してその夢を叶える機会もあったのに、自ら選んで働きまくった。
勝手に働きまくって勝手に背負いこんで勝手に潰れた。
それはきっと根底には「家族のために」があったろう。
「お金がないと家族が苦労する」という想いが。
それでも1的な思い込みかどうか、実母の考える「家族の幸せ」と残りの家族が考えるそれは違った。
多分、残りの家族は「多少生活がキツクても穏やかな毎日」を望んでいたのに。
たとえば実母は「持ち家」にこだわって、それを手に入れるためにがむしゃらに働いた。
でも残りの家族は誰も特にそんなこと望んでいなかった。
おまけに1味が強い実母は当たり前のように「私が働いたおかげで家を持てた」とちょくちょく口にした。
それを聞くたび私や弟は「別に望んでなかったけど」とか「さすがにそれは養父に失礼ではないか」と呆れたし、数秘8の養父としてはメンツを潰された想いだったろう。
そういうことに実母は「気づかない」。
6-1-1が全面的に悪く作用したなぁ、と今では可哀想に思える。
6の明るい部分、よく働くとか美しいものが好きとか。
そういえば6があると「美味しいものが好きで料理関係の仕事もいい」なんてよく言ってるけど、母は調理師だった。
もしも違う世界線があれば、若き日の母に個人セッションをしたいぐらい。
その愛やエネルギーを、もっとポジティブな形で昇華できる方向性について提案してみたかった。
残念ながら今世で母と穏やかに何かを話せるとしたら、母がもういろんなことがわからなくなってから「知らない人」として話すときぐらいなのではないか、と思ったりしてる。
とても寂しいことではあるけど、この母と娘の形は私の過去数4のやり直し課題でもあるかもしれない、と思う。
ちょっと話がズレたけど、同じ数字が真ん中にあっても両脇の数字で人生の雰囲気は変わるよ、という話でした。
