猫好き/HSP/占い好きの女子のみなさん、ごきげんいかがですか。
ミネコスです^ω^
今日はペットロスについてのお話。
ペットロスの記事を読んでくださる方が多いようなので、たまに書きますね。
私は3年前に愛猫を見送ったんですね。
そのとき、もう助かりはしないだろうってところから日記をつけていて、見送ってしばらくしてもうひとつのブログにアップしてたんです。
一応そのテーマのひとつめの記事のリンク貼っておきますね。
でも当時のそのブログを今も通して読んではいません。
泣くから。
3年経ってもまだちょっとしんどい。
アメブロさんが過去記事のおすすめしてくれた時、たまに目を通すぐらいです。
それでもたいがい泣きます(;^ω^)
見送った当時は1週間で4キロ痩せました。
どんなダイエットをしても全く痩せないこの私が。
泣きすぎて頭が痛くなってちょっと泣くのをやめてまた泣いて、の繰り返しでした。
何にもほかのことが出来ない。
そんな中で「このままではダメだ・・・」と思って始めたのが編み物でした。
元々得意だったわけではないですが、猫らの敷物を編みたくて毛糸とかぎ針は家にあったんですね。
それでひたすら編みました。
それについては過去に記事にしていますので、よろしければ読んでみてください。
当時の私には、誰のどんな言葉もほとんど心に響きませんでした。
ただただ同じような体験をした人がどんな風にリカバーしていったんだろう、とそういう方のブログを読んだりしていました。
いくら星になったコの魂は今もそばにいるとか言われても、
「そうじゃないねん。前と同じようにここにいて、抱っこしたり撫でたりしたいねん!」
と聞き分けのない子供のように駄々をこねていました。
多少はスピリチャルなことについて学んでいても、いざ自分が死に別れに対すると、そんなの全然関係なくなってしまう。
魂が・・・とか思えるのは、時間が経って心が落ち着いてからです。
だから、もしも今別れを経験したばかりで辛い人がいたら、「それはもうどうしょうもないよ」と言いたいです。
その悲しみを今すぐ和らげる方法はないよ、って。
悲しいのは仕方ない。
だって悲しいんやから。
愛してたんやから。
どうしょうもない。
だから悲しんでいい。
それしか出来ないならそれでいい。
けどもほんの少し何か口に含んで、自分の命をなんとか繋ぎとめていてね、と言いたいです。
悲しみに専念していい時期ってあると思ってます。
いいも悪いもそれしか出来ない、という時期が。
そしてもしも悲しみも愛情表現のひとつで、重要な通過儀礼であるなら、なんとか自分の命を繋ぎ留めながら進んでいくしかないんです。
ありがたいことにこの世では時間は前にだけ進んでいくんです。
ただただ悲しみに専念していても、時間は進んでいって、いつしか前とは違う場所へ運んでくれます。
私は今、あのコを亡くしたばかりの時とは全然違う場所にたどり着いています。
あなたも、きっといつかは今とは違う場所へたどり着けます。
だからもし、今は悲しむことしか出来なくてもそれでいいです。
ただ泣き疲れたら、ちょっと温かいお茶でも飲んでね。
それでは本日も最後まで読んでくださりありがとうございます^ω^
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