お賽銭、はずみます。
昨日の続きです。
警視庁捜査支援分析センター、三浦達也さん。
600の事件解決に貢献。
とは言え。
いつも順調に捜査が進展するとは限らない。
途中で暗礁に乗りあげることも。
そんな時、三浦さんは神社に。
まさに、苦しい時の神頼み。
手を横に大きく広げ。
パチパチと二拍。
深く一礼。
ここまで丁寧に頭を下げる人って。
そうそう、いない。
信心深いというより。
何事にも誠実なんだろうな。
手を合わせる三浦さん。
事件解決を強く願う?
うーん、どうだろうね。
表情から察するに。
そんな執着があるようには。
なんか透明なかんじ。
逆に、想いを手放したような。
ピピッときたのが、こちら。
「自分とか、ないから。」
しんめいP サンクチュアリ出版
> 「ミッキーマウスは、存在するか?」
> と聞かれたら、どう答えるだろうか?
> みんなの心には「いる」、でも実際には「いない」。
> 「いる」とも「いない」ともきめられない。
> この絶妙なかんじ。
> これが「空」なのだ。
境内に足を踏み入れると。
夏でも気温が下がるような。
清涼な感覚ってあるよね。
あれ、濃ゆい執着。
一旦クリアにするためでは?
叶えたい願い。
成就のために詣でる人も。
けど、最も成就するのは。
すべての可能性を内包している状態。
それが「空」。
「こうなってほしい」は、
「それ以外は認めない」と同じ。
自ら選択肢を大きく狭めかねない。
「そうなったら嬉しい」けど、
「なる」と「ならない」、どちらも受け容れる。
すべての選択肢が「ある」状態。
成就の「やり方」は、神様にゆだねる。
自分の狭い考えなど、超えたカタチで与えられる。
古来より、「神」とは「火水(かみ)」。
陰と陽、どちらもある状態。
神社とは、「火水」である「どちらも」に還るべく。
「こうでなければ」を一旦クリアに手放す場。
「火水」である時。
叶おうと、叶うまいと。
苦しみから解放されている。
願っている「自分」を観ている立ち位置。
ミッキーマウスは、いてもいなくても。
どちらでもいいよね。
ディズニー倒産後のディズニーランド。
ストーリーから醒めた時。
ありのままの人生が始まる。
今日は、ここまで。
また、明日。
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