意識してないから。
『ボーッと観る会』、昼の部。
今日は、『モナ・リザ』ワーク。
ルネサンス期の芸術家。
レオナルド・ダ・ヴィンチ。
彼は、傑作『モネ・リザ』を描きあげたものの。
あまりにも理想の女性像であったため、
依頼者に渡さず、終生『モナ・リザ』を持ち歩いた。
憧れや理想とは、
「自分にはない」
からこそ。
けど、4,000年前のおじちゃんに言わせれば。
私たちは、陰陽すべて持ち合わせている。
現時点で、自分に「ある」と認めた要素の集積が「性格」。
潜在的に「私」とは完全性であり、
全体性を備えている。
憧れや理想とは、
「それ、あなたにもありますよ。」
気づかせてくれる存在でも。
ダ・ヴィンチの切なさとは、
『モナ・リザ』に求めた理想、
終生、「自分にはない」と思い込んでいたことに。
ワークでは、理想の異性、同性に
何を求めているかを明らかに。
やってみて、いかが?
夜の部から振替参加。
理学療法士、男性のYさんは?
「優しさですね。」
優しさ?
Yさんも十分優しいのに。
「器の広い底なしの優しさに憧れます。」
ほー、そうなんだ。
優しい人は、優しさに厳しいね。
求めるクオリティーが違う。
山形のYさんは?
「私は、突出した個性ですね。」
ほー、突出ですか。
「トガってるんですけど。」
けど?
「落ち着いて、芯があるみたいな。」
なるほど。
「人目を気にしないあり方に憧れるのかも。」
そうですね。
トガってる本人は、自覚がありませんもんね。
「トガってる」という。
「ああ、たしかに。」
「トガろう」と「する」ほど、不自然に。
その人の魅力は、開花しません。
ピピッときたのが、こちら。
「すべての『思い込み』から自由になる生き方」
阿部敏郎 KADOKAWA
> 「理想像」になることではなく、
> 「あるがままの自分自身」になること。
トガってる人に憧れるのは、
その才能でも、表現形態でもない。
人目を気にせず、
その人自身であり続けられること。
トガっている=人とは異なる突出した才能、表現
ではない。
本人には、トガっている自覚がない。
ただそうしたいから、そうしてる。
「トガろう」とするのは、「理想像」に寄せること。
世間から仕入れてきたものであって、
自分の内から湧いて来たものではない。
だから、満たされない。
逆に、内から湧いて来たものであれば、
それを表現するのが、自然。
結果、人と違って「トガって」いようが、
本人には知ったこっちゃない。
つまり、男性のYさんの例で言えば、
やさしすぎて、トガってる人もいることに。
本人は、やさしくしようなんて思ってない。
ただ自然な振舞いが、他人と比べると、
ぶっちぎりでやさしいだけ。
「トガってる」
「人目を気にせず、特徴を先鋭化させる」
人と違う自分でありたいエゴが大好き。
けど、意識を外から内に。
「あるがままの表現にブレーキをかけない」
という意味にも。
言葉の定義を変えるだけで。
変な力みが抜けるかもね。
今日は、ここまで。