Iはほとんど大学には行かなかった。
恐らく卒業せずに退学したのではないかと
思う。
そのあたりのことについて
Iははっきりと明言しなかったが、
ある時期から、
最終学歴が、○○大学より○○高校と
言う方がずっと値打ちがあるなどと
調子よく言うようになっていたので、
その時は何も思わなかったが、
結婚後しばらくして、
あぁそういう事だったんだと思った。
そのことに気づいても
私は特に気にしなかった。
Iはすでに父親の仕事を手伝い始めてもいて、
仕事や生活に関しては何の心配もして
いなかったのだ。
ただ、後になって思った。
こういうところに、
すでにIの性格の片鱗が伺えたはずだった。
それなのに未熟な私はそれを見抜けなかったと
いうことを。
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付け加えるなら、
Iの父親は、Iが中高生のうちに脱サラして
起業していた。
事ある度に、「金がない」と言って
いたのはここに事情があったようだ。
だが、その仕事はすぐに軌道に乗ったのか
Iは迷わず父親の会社に入り、Iもそれ以降
「金がない」とはあまり言わなくなった。
Iはアイデアの宝庫のような人で
次々と新しい事を考え出す力があった。
私の父もその点については、
「Iくんは、なかなかの者や」と
言ったりもして、
私はそれが少し誇らしくもあった。
またIはとてもオシャレだった。
(正確に言えばどんどん洒落ていった)
長身で細身、首も長く何を着ても
とてもよく似合う上に、
靴やカバンなどの趣味もよかった。
私の両親が諸々許してくれたのは
そんな外見によるところも
少なからずはあったと思う。
そんなこんなで
若すぎると言える結婚ではあったが、
特に表だった反対もなく話は進み、
私たちは結婚した。
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結婚生活はとても順調だった。
元より束縛の激しかったIは
私が外で働くことを許すわけもなく、
私は一度も社会に出る事なく、
ごく普通の専業主婦におさまった。
私は暇を持て余し、
近所に新しく開業した歯科医院の
受付のパートに行くことにした。
Iは反対したが、
私もIに合わせるばかりは嫌だと言った。
何度も話をして、
渋々Iは納得したが、
案の定仕事中に電話をかけてきたり、
先生の出身大学をバカにしたようなことを
言っては見下した。
衛生士の人や技工士の人たちと食事に行く
などということがあればいきり立って怒る。
Iは学生時代と何ら変わりなかった。
そうこうするうちに私は長男を妊娠し、
必然的にまた専業主婦に戻った。
長男が生まれてからは、
子煩悩なIが炸裂した。
とにかく子供を可愛がった。
この頃が、
いわば私の結婚生活での
幸福絶頂期だったと言えるだろう
その後次男が生まれ、
私がその幸せに胡坐をかき始めた頃、
(これには私も大いに反省する点が
あると言えばあるが)
Iに異変が生じた。
幸せ絶頂期はそう長くは続かなかった。
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