おはようございます。
あまのみこと☘️のブログへようこそ♪
精神医療・精神保健において、
薬物依存に偏らないオルタナティブな視点を大切にしています。
心のこと、精神医療のこと、日々の気づきや小さな活動まで、
感じたことを綴っていく場所です。
🌏 第3章 主体が育たない土壌
継承される「いい子」
「いい子」は、性格ではありません。その環境の中で生き延びるために、心に刻み込まれた「適応の形」です。
私がこの「適応」を、単なる個人の問題ではなく、時代の連なりとして見通せるようになったのには理由があります。
母が、自分の子供の頃の話を、私に繰り返し語り聞かせたからです。
私は、母のカウンセラーでした。
けれどそれは、母の弱さに寄り添うような甘い時間ではありません。
母が自分の子育ての正当性を証明し、自分を納得させるための独白を、ただ受け止め続ける時間でした。
昭和:剥き出しの主体と、美化された「旅」
母が語る昭和は、大雑把で、厳しく、けれど「自分でやるしかない」場面に満ちた時代でした。
「可愛い子には旅をさせよ」
母はよく、この言葉を口にしました。けれどその響きには、成長を願う親心よりも、どこか突き放すような冷たさが混じっていました。
いい子として、感情を殺して生きてきた母にとって、娘である私が子供としてのびのびと振る舞うことは、許しがたいことだったのかもしれません。
あるいは、無意識の「妬み」だったのか。
母は、自分が味わった苦労を「正解」という型に流し込み、それを私にも強いることで、自分の人生を肯定しようとしていたようにも見えました。
平成:管理される個性、そして「母の正解」
私が育った昭和後期から平成は、自由と管理が巧妙に混ざり合った時代でした。
「個性を大切に」と謳われながら、実際には親や社会が提示する「正解」の枠組みから外れることは許されない。
この時代、私は家庭内で「いい子」という究極の適応を見せ始めます。
毎日繰り広げられる夫婦喧嘩の仲裁をし、母の「正当性」を補強するための聞き役になる。
母の期待を察し、母が欲しがる反応を返す。
それは「有能」ではありましたが、私の主体は、母の心を維持するために全て差し出されていました。
私の「好き」や「嫌い」といった微かな主体の芽は、母の「そんなことを思うのはおかしい」という全否定によって、土に還る前に摘み取られていきました。
令和:親切という名の「自立の剥奪」
そして今、令和という時代を見渡すと、保護の網はさらに緻密になっています。
失敗させない、傷つかせない、リスクを排除する。
かつて母が昭和で味わった「剥き出しの厳しさ」への反動のように、現代社会は、子供から「自分で対処する経験」さえ奪おうとしています。
大人が先回りして魚の骨を取り、靴を結んであげる。
それは「善意」ですが、同時に子供から「自分の力で困難を乗り越える手応え」を奪う行為でもあります。
過酷すぎる昭和と、過保護すぎる令和。
その両極端な時代のうねりの中で、私たちは「主体を育てるための教育」を、ずっと見失ったままなのかもしれません。
突きつけられる「主体」という矛盾
ここに、残酷な矛盾があります。
幼少期から「いい子(適応)」であることを求められ、自分の感覚を否定され続けてきた人間が、社会に出た瞬間にこう言われるのです。
「主体性を持て」「自分で考えろ」
自分の感情さえ自分のものではなかった人間に、突然「自分らしくあれ」と命じるようなものです。
それまで誰も、自分の手で人生の骨を分ける方法を教えてくれなかった。
それどころか、骨に触れようとするたびに「おかしい」と手を叩かれてきたというのに。
主体とは、説明して育つものではありません。
主体とは「待ってもらう」こと、そして「自分の不完全さを自分で引き受ける」経験の積み重ねによってのみ、育つものです。
私は、母の語りを通じて、時代の連鎖を理解しました。
けれど、母の正当性を支え続けることで、私自身の「人生を引き受ける力」は、ずっと眠ったままでした。
いい子のままでは、自分の人生を生きることはできません。
けれど、主体を使わずに生きてきた人間が、ある日突然、その「限界」を迎えたとき。
そこで、大きな「つまずき」が起こります。
私が「患者」という役割に滑り込んでいった、あの決定的な瞬間の話をしましょう。
禅タロットカードのわたしなりの解釈です↑
私に会いに来て下さる方
30分無料カウンセリング•その他
セッション申し込み•問い合わせ
【あまのみこと☘️LINE】
🧑🧑🧒医療や薬に依存しないメンタルヘルスについて、参加者と共に考えていく団体です。
埼玉オルタナティブ協議会
(アメブロ)
🧑🧑🧒サードオピニオンさいたま
メンタルヘルス相談会
申し込み•問い合わせ
【埼玉オルタナティブ協議会LINE】
ココナラ出展中








