おはようございます。

あまのみこと☘️です。



薬物治療に頼りすぎない精神医療(オルタナティブ)の考え方を拡めていきたいと思っています。

このブログには、精神医療界隈や人間のココロの話題の他に、今自分が気になっていることや日常、たまに個人的な活動なども綴らせて頂いています♪




世が世なら!!!  -小さな革命-



卒業する福祉シリーズ

第6回/全7回

尽くすだけが支援ではないと気づいたとき




 尽くすだけが支援じゃないと気づいたとき



支援の世界には、綺麗ごとだけでは語れない風景がある。

制度の限界。人の限界。そして、自分自身の限界。


精一杯向き合ったつもりでも、

届かないことがある。

伝わらないことがある。

むしろ、関わるほどに崩れていく関係すら、ある。




 支援を渡り歩く“困ったちゃん”


ある人は、あちこちの支援者を渡り歩く。

「ここは合わなかった」「前の担当が酷かった」

そんな言葉を繰り返しながら、次の場所へ移っていく。


でも、その背景には、

多剤処方や長年の制度依存、

本人の心の複雑な傷など、

限られた時間では簡単には向き合えないものが積み重なっていたりする。


関わる支援者も、皆、誠実だ。

「この人の力になれたら」と本気で向き合い、

時間も労力も感情も注ぎ込む。


けれど――

何も言わずにフェードアウトされる。

誤解されたまま批判される。

昨日一緒に決めた筈のことと、まったく逆の行動を取られる。


ぽっかりと残るのは、

「じゃあ、あれは何だったんだろう?」という徒労感。


(ザ・支援職の徒労感。あるある…ですよね。

日本中の支援職が、その度に静かに打ちひしがれている。苦笑)




 それでも、薬のことは言えない


そして、そこに薬の影が見えるときもある。

人格が少しずつ崩れていくような、違和感のある話し方や振る舞い。

けれど、支援の場で薬について触れることは、なぜか“タブー”とされている。


「それは医師の領域だから」

「利用者の選択だから」

「デリケートなことだから」


…そうやって、見て見ぬふりをするのが“マナー”とされている。


もう、これはマナーというより、

ある種の高尚なマゾヒズムなのかもしれない。




 「好きにやっていいよ」と言われたけれど


ある日、私は言われた。


「あなたの好きに、思うようにやっていいんだよ」

「もっと、自分から動いてくれていいんだよ」


きっとそこには、信頼や期待が込められていたんだと思う。

でも――私は、その言葉に、本音で返事ができなかった。

……いや、それは絶対に無理だ!

と、心の中で叫んでいた。


この舞台の前提は、「精神医療を信じること」なのだから。

薬が当たり前。診断名が出発点。

その枠の中で人を見るという“決まりごと”を崩せない舞台で、

私は「一般的な福祉の人」を常に演じなければならない。


ありもしない普通を追い求め、怖々と模索しながら、「私らしく」なんて、できるわけがなかった。


支援とは何か。


そもそも、これは本当に“支援”なんだろうか?

問いは渦のように膨らんで、私の中に留まり続けた。

けれどその問いを、私は誰にも口にすることができなかった。




 絶望から生まれる問い


今の日本の福祉に、私は正直、絶望した。

でも、それは誰かを責めたいのではなくて、

ただの“信条の違い”だったんだと思う。


そんな風に葛藤の中で福祉の仕事を続けていたある時、プライベートで、自分の家族に「アクシデント」が立て続けに起きた。


それによって心が折れて仕事を辞めた…というよりは、多分、

私自身が、もう限界だったのかも知れない。


もう少し家庭環境に余裕があれば。

あと少し心に余白があれば。

支援の仕事を、続けていたのだろうか?


と、今でも自問自答することがある。


でも、あの場所を離れて、

ホッとした自分がいるのも、本当だ。


私は支援職を「辞めた」。

でも、それは諦めたというより、

問い直し始めたということだった。


「支援をどう続けるか」ではなく、

「どうしたら、支援から卒業できる社会がつくれるのか」

今はその問いを、少し遠くから見つめている。




 本当に必要なのは、「卒業できる支援」


支援とは、尽くすことじゃない。

与えることでもない。


本当に必要なのは、

「いつか卒業できる支援」だと思う。


力を与える支援よりも、

力を信じて、手放す支援。


それは、やさしいだけの世界じゃできない。

毅然と線を引く強さ。

信頼のある距離感。

そして、支援者自身が支援に依存しないこと。

甲斐甲斐しく至れり尽くせりの支援を、敢えてやらないこと。

それもまた、必要な成熟なんだと思う。




 終わりに


この文章を読んでくださって、ありがとうございます。

もし今、支援の現場で迷っていたり、疲れていたりする人がいるなら、


私のこの本音が、あなたの心のどこかをそっとほぐしてくれたら嬉しいです。


そして、願わくば、

支援の「終わり方」や「手放し方」にも、

少しだけ、光が当たる世の中になりますように。





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