こんにちは、日世観月余美です。
お知らせした通り
ワタクシの成り立ちについて
少しずつお話しいたしましょう。
【ワタクシ成分の解説 ①】
~そもそもは~
版画をはじめたのは学生時代。
もともと絵を描くのが好きでしたが、学校の美術の授業でハガキ大の版画を作ることがあり まんまとハマったのです。
季節柄「年賀状かグリーティングカード用」というお題での制作でしたね。
をを、きたきた!
早速、自分の年賀状で版画方式を採用です。なにせ複数の人に同じ絵柄を送るニーズがありますからね。
それまでのワタクシの年賀状てば
カーボン紙で一枚ずつ
下絵を写して 色鉛筆で着色
しておりました。
なんとメンドくさい!
数が少ないから出来る芸当 ですな。
それが版画となると これはもはや
チョーのつく技術革新
手書き写本が当たり前の中世に、印刷とかいう夢の技術が導入されたYO‼︎‼︎
くらいのインパクト。
その感動(?)のまま 学生時代はホイホイとたのしく版画作成を続けていました。
美術は好きだったし瞬間風速では
他の教科を抑えて最高評価も叩き出したけど
美大に進んでアーティストを目指すということにはなりませんでした。
それは興味の範囲が美術だけではなく
複数あったからです。
その後 世間並みに就職活動もいたしまして 社会人となるのですが
そうなりますと呑気に絵を描く時間は殆ど取れなくなりました。
IT系の残業の多い会社に勤めることになり、何より自分の脳みその使い方が左脳偏重型になってしまいましてね。
右脳的な創作活動には するっと入りこめなくなりました。やろうとしてもエンジンかかるのに時間食うのですわ。
なんか…錆び付いた感 満載。
なんか…敗北感 山盛り。
それでも、年賀状版画は
わたしにとって最後の砦でした。
自分の興味の柱のひとつが視覚アート系の創作だということは自覚していましたから、それを諦めたら自分が自分である拠り所が無くなると思ったのです。
そんなわけで年末になるといつも
目を三角にして版画を作成。
喜んでくれる友人の声が励みでした。
なんというか、年に一度の個展という位置付けです。
一人一枚しかみられないんで展覧会といってるのは出してる私だけなんだけどさ
さて、そうやってゴリゴリ働きながら
勤め先で中堅くらいになった頃に、心揺さぶられる事件が起こります。
= 続く=

