前回のこのブログを
お仕事がお休みのおととい、書きました。
その上で、
昨日は出勤の日。
店長は、元々お休みの日で、
そして、スタッフの子が1人、体調不良でお休みでした。
日々、スタッフ1人1人とゆっくり話す時間はあまりないのだけれど
1月、2月と過ごす中で
店長がいる日と居ない日では
空気感が違うな、と感じていて。
店長は、やらないといけない数字や
やりたい達成とか
そっちに気持ちがあるから
それはそれで
いいと思っているのだけど
店長の
働いてるときが
ずーっとずーっと
アドレナリンで動いているのを感じていて。
わたしにはまだ日々の浅さや
だいぶ歳上ということもあり
わたしに強く言ってくることはないけれども
店長を含め
うちの店に来たスタッフ5人は
ほぼ同い年ということもあり
アドレナリン全開を浴びたり
出来ないときの色んな言葉を浴びているのを感じてもいて
それゆえに
店長がいない日は
他の子達が
みんなではないけれど
ゆるむというか
オフになるのを感じていた。
わたしは、
どれもいいと思う
どうあってもいいと思う。
それが、
受け取り手によっては
ドライにも
淡白にも感じるかもしれないし
一貫性がなく感じるかもしれないし
優しいとも
優しくないとも感じるかもしれないけれど。
ただ、
アドレナリン全開だけでは
みんな疲れて
潰れてしまうんじゃないか。。と
そう思う気持ちはあった
ただ、
1人ひとりと
ゆっくり話す時間は持てないままだったから
1月は特に、
それぞれがどう感じているのか
ほんとのところは
分からなかった。
1月に、
「由香さんには
何を話しても大丈夫。って思う」
そう言ってくれたスタッフがいた。
1月の最終日に
新年会をして
新体制を振り返る中で
「由香さん達は
仕事が早い
仕事が出来る
すごく思いました」
そう言ってくれたスタッフがいた。
“由香さんには
何を話しても大丈夫”って、
まだ色々話してない中で
それでも感じ取ってくれたことが嬉しかった。
そして、
残ったわたし達が
“仕事が早い”
わけではなく
去年まで2人出勤が多かった中で
お互いに
「少しでも早く帰れるようにしてあげたい」
「少ない人数でも、
絶対にお互いのお客様には喜んでもらえるようにしたい」
「休みの日は安心して休めるようにしてあげたい」
そんな
“お互いへの思いやり”の積み重ねだった
お互いに、支え合った積み重ねだった
それが、
5人の目には
仕事の出来る仕事の早い2人と映ったようだ😂
子育て中のスタッフは、
わたしだけだけれど
旦那さんと暮らしてたり
実家で暮らしてたり
みんな、家族と暮らしている。
昨日、話しの中で
「このお店に来て、
帰りが早くなったことに
旦那さんに驚かれました!」とか
「わたしも!家族に
早っ!って言われました」って会話になって
帰りが遅くなったわたし的に
「!!!
これで早いなんて、、
あなたたち、
今も働き過ぎよ。
これまでもめっちゃ頑張ってきたね。
今からさ、
結婚、妊娠、出産、子育てをしていきたいって思う子がいるならさ
このままの働き方じゃ
続ける想像
戻る想像
出来なく無いかな?って
思ってた」
と
1月の初めから思ってたことを
話せた。
そしたら、
1人の子が
「(産後)戻る想像
つきませんもん。」
と言った。
少し、
本音に触れる事が出来た。
ずーっと
頑張ってるもんね。
そう思う気持ちがあることに、
ほっとした。
ほっとした、というのも
表現が違うかもだけど
ちゃんと、
頑張り過ぎることを
しんどいと感じられてるんだよね。って
ほっとした。
わたしがしていくことも
見えた。
頑張りたいときは、頑張ってもいいと思うんだ。
そして、
ゆるめたいときは、ゆるめてもいいと思うんだ。
帰りたいときは、
帰ってもいいと思うんだ。
会話の中で
「お母さん

」って言われる場面があったけど
もしかしたら、
それこそ
わたし自身が本当に母になったからこその感覚と
経験からくるものがあるのかもしれないね。
わたしも、
妊娠・出産、子育てという経験がなければ
立ち止まるときが
もしかしたら無かったのかもしれないから。
若い子達を
大切にしたいのよ。
人は、宝だから
経験は、財産だから
続ける中での喜びも
たくさんあるから
子どもを産んでも
だからこそ、
戻ってきて欲しいのよ
選択は自由だけれども
その体が、豊かさだから
その経験と
放たれるものは
同じように経験している人の
安心感にもなるから
このブログに書いた
社長の「100年続く会社にしたい。」に
あのときわたしの中が共鳴した。
そして、
そんな流れの中で
若く
瑞々しい
豊かな感性の子達と
今、一緒に働けている。
100年続く景色を
わたしも見たい。
わたしがここまで続けてきたことが
これからの夢へと繋がった。
スタッフの人数が増えたからこそ、
1人ひとりに
こうありたいのだろうな。と
過去に書いたブログを見て
思った。
しんどいときとか
辞めたいな。と思うとき
辞めたい。が大本命の気持ちでは無かったりする。
わたしが、
ひとりひとりの
本当にやりたい大切なことに
頑張りどころに
チューニング出来たなら、と思う。
それが、
100年続く景色に
繋がっていくんじゃないかな。
そんなことを思う。
