2月

干支が1週するほどの

12年続けたものを
28日に、辞めることになった。



ここに
「母と宗教」というタイトルでブログを書いたけれど




母と父は
創価学会に入っていて


学会員同士で
お見合いで出会い



わたしが生まれ
わたしは、0歳のとき
父と母の意向の元
創価学会に入った







わたしに
あれこれ押し付け過ぎることは無かったけれど


子どもの頃は
色んなことに
面倒だな、、と感じることも
あった







基本的には、
わたしを見守る母だったけれど



わたしが結婚する時には
2つだけ条件がある。
と
そう言った。





それは、
御本尊様(仏壇)を家に置くこと

そして、
創価学会の聖教新聞を取ること
だった。







その条件に、
1番落ち込んだのは
旦那さんのお母さんで


大事な息子が
創価学会に入れられてしまう

と
落ち込み

結婚そのものも
反対していたと思う。







旦那さんには、
付き合っている時


家が創価学会なこと
わたしは活動はしていなくても、やめようとは思っていないこと
子どもの頃からも大人になってもアンチもいるのを見てきて、良くないと思う人も居るんだなと感じながら生きてきたこと

いとこも、家族が創価学会ということで
結婚が破談になったりしたこと

結婚となると、お互いの家の事情があるかもしれないよね
ということを話していた







母に
旦那さんのお母さんが

息子を創価学会に入れられてしまう


と
それが心配みたい。と話すと





もちろん、本人の意思と関係なくそれを母はするつもりは
全くなく





ただ
その2つの条件は

わたしに幸せでいて欲しい
わたしに幸せな境涯を切り開いて欲しい
人生で苦しいことがあったときに負けない命であって欲しい


その願いのカタチなのだと
わたしはそう受け取っていた






だから、
母に


「お母さんにとっての一番の親孝行は、
結婚することでもないね。
周りの条件でも無いね。

御本尊様を迎えることと
聖教新聞を取ることが
お母さんにとっては1番の親孝行」



そう伝えると


「さすが!
分かってる爆笑」


そう母が言った。





どんなことがあっても
負けない命で

幸せにいて欲しい



それを
わたしは
カタチとして受け入れた。







新聞は最初
全く読んで無かった。






だけど、
仕事で悩んだとき


苦しかったとき



今も共に頑張ってくれてるスタッフの子が
わたしと同じ境遇で

「ゆかさん、
○○さんもです。
話してみてください、喜ぶと思います」

と
出会わせてもらったこの日のご縁
この日の言葉は


ものすごく
わたしの命にチカラをくれた。





そこぐらいからかな、
新聞も
全部じゃなくても
実体験のものを
読んだ。





そこには
命があって
熱があって
心があって


読むと元気になった







だから、
この2年くらいかな

悩んだけど



月にしたら
新聞の支払いは2000円にも満たないんだけど




2月で
いったん
新聞を解約することにした。





今の一番の優先順位は
わたしにとって、借金返済だったから。





それでも、
12年
新聞を取り続けた




大事な言葉や
心や命にふれて響いた言葉は
大切に取ってある





母に
いったん解約を言うか、
悩んだ
迷った




だけど

だけど




言わなくていい。


言わなくていい。



秘密という聖域に
持っていていい




何かがあってもなくても


母がわたしにくれたものは
この命と
体と

何があっても負けない命の強さだから
何があっても折れない優しい心だから