この間、久しぶりにブログを1日ふたつ書いて 





この記事を書いたあと、



娘にとって、
わたしや関わる場所が

笑える場所の
泣ける場所の
安らぐ場所の
自分を出せる場所の

ひとつであったらいいな。と思った。




親が、
母親が子どもに与えられるものや経験出来ることと


子ども同士の生活だったり
友達関係だったり
恋だったりから経験することや感じることって

わたしが経験させられるものではないからさ




笑えたり泣けたり自分を出せる場所の
ひとつであれたらいいなと思った。




娘がいろいろ経験していく中で、
友達の話とか
恋の話とか
性の話とか
生理の話とか
これからもっと娘と話していけたら嬉しいな












そして、
この記事を書いたあと、
 





体だけじゃなくて、

心も欲しかったけど、




心を求めていることを
表現するのが怖くて


体で繋いだ関係ばかりだったな
と思った
たくさん経験がある。とかそゆことじゃなく






踏み込みすぎて傷つくのが怖くて

心を求めなかったし

心を求められなかった


そうゆうコミュニケーションを避けてきた






逆に、
心を求められ
その心に満たされたような感覚になっても






わたしは、
心も体も欲しかったのだな。


と思った







ここ数年の性の探究は、


心と体をどちらも求めるわたし自身の探究だったのだな、と思った





自分の心と体と繋がる探究だった









心も体もどちらも、欲しい。
そう気づいたのは、


心と向き合うのが怖くて体だけで繋いだり

心を満たしてくれる人なら満たされるのかと傾いてみたり

そのどちらも経験してみたから











昨日、お客様に

「女は、愛された方が幸せって言うじゃないですか」

と言われたとき





うーん。。。
わたしは、愛することがあって幸せ感じるからなぁ、、、って


わたしにとっての幸せ
を考えてみた





わたしの場合は、


なんにも持たず
なんにも取り繕わず
なんにも纏わず
なんにも隠さず
この身一つで


無防備に
心と体
全部で愛する



自分がそんな風になれて自分が愛する
そんな人からも愛されたなら
他に何もいらないくらい幸せだなって感じる


命の喜びに溢れるし


何でも出来そうなチカラをもらう










自分ひとりで完結する幸せじゃなくって、

相手がいることで感じられる幸せってあるし


それならば、
愛すると愛される
相思相愛だけじゃなく



相手がいることで相手からもらう経験を通して生まれる感情から
自分を知っていくことそのものも幸せで豊かだし


恋心がくれる景色が彩り鮮やか






結局、
相手を通して
自分とも出逢う













だからさ、
いろんな自分を許して
素直に自分を出して

素直に心と体を求める


それが出来たとき、
わたしは幸せだなぁって思う






素直にやわらかくなれたとき


自分の想いも
相手の想いも
大切にしたい。とやわらかな心で願える







やわらかくなれないときは、そんな自分も許して
体や心や頭を休めたり
自分を見てあげたらいい♡









なんだかあっという間に、今日はひな祭り♡雛人形桜