何度か、プラグマティズムのことは、このブログで書いている。高校時代にプラグマティズムの概念にであい、自分の思想はこれにもっとも近いと感じている。今の考えは、ほぼこれにのっとっている。
たとえば、風邪のあとに咳がとまらないという患者は毎日かなりくる。咳喘息として治療をするが、ほとんどの場合風邪だと言われて風邪薬を服用している。風邪という診断と、咳喘息という診断のどっちが正しいのだろうかと思うに違いない。
僕に言わせれば、咳が止まればどっちでもいい。診断がどうかよりも、症状がよくなることが重要なのだ。つまり、診断が間違っていても、よくなれば結果オーライである。
当院に来る人達は咳がとまらないからくるのだ。咳がとまれば来ないだろう。そのような人は、「風邪だから風邪薬をだす」でいいのだ。ただ、咳が止まらないと当院にくる患者はそれではダメなのだ。診断が正しいかどうかではなく、現在その患者が困っているかどうかが重要なのだ。
開業医は同じような考え方をする人が多い。しかし、大病院の医師になると症状がよくなったかどうかよりも、診断がどうかにこだわる。その結果、診断がつかない、治療ができない、不幸な患者が山のようにでてくる。
Bスポット治療は最たるものである。多くの患者が治るのに、そのような治療は理論的にありえないと主張する。理論がどうこうよりも、現実に治る治療が正しいだろうと思うのが、プラグマティズム提唱者だ。
