中学生のころ、夏目漱石の「三四郎」を読んだ。柔道の話、つまり、姿三四郎の話を読みたくて、ページを開いた。大学生の話である。いつまでたっても柔道をはじめないなと思いながらも、半分ぐらい読んだ。そこまで読んで、「三四郎」違いだったことに気づいた。
美禰子(みねこ)という女性がでてきたり、「stray sheep(迷える子羊)」という言葉は今も記憶に残っている。
「坊っちゃん」と違って、最後まで面白くはなかったが。
東京大学には構内に「三四郎池」とよばれる池がある。漱石の三四郎にあやかってつけられた名前だ。
今、「三四郎」を読んだら面白く感じるのだろうか。最初から柔道の話ではないとわかって読むと違うのかな。