福岡県 鞍手郡 鞍手町の音楽教室![]()
みずま音楽教室
皆さん、年賀状はどのようにされていますか?
年賀状終い、されましたか?
それとも継続されていますか?
皆さんどうされていらっしゃるのかな
大昔、大手音楽教室の講師をしていた頃、本当に忙しくて年賀状を書くことが億劫だと思っていた時期もありました(作成枚数もそれなりにあったので)
独立してからは年賀状を送らせて頂く方も頂戴する方も少しずつ整理され…今は頑張らずとも[印刷→宛名書き→一筆書き添え→投函]までをその日中に完了出来る枚数までに落ち着きました
何せワタクシ、過集中人間なモンで(^_^;)
苦楽を共にした学生時代の友人たちとは(県外メンバーが多いことも有り)コロナ禍を挟む前から会えない年月が経過しています
レッスン業から離れた人たち、今も大手の音楽教室の講師をしている人、独立して頑張っている人、本職以外のライフワークも頑張っている人、子育てをほぼ終えた人、子育て中の人、ワーキングウーマンでバリバリ頑張っている人、親の介護を頑張っている人…皆んなそれぞれに頑張っています
皆んなとはLINEで繋がっているけれど、それぞれにそれぞれの生活があるからLINEですらなかなか…といった状況です
もしかして私だけ⁉︎^^;
今年の正月は“今年をもって年賀状終い”の連絡と共に最後の年賀状を送ってくれた友人もいます
「今はもう年賀状は出してないの。」「今年は忙しくて年賀状を出せなかったけれど今後はSNSで宜しくね。」と、LINEで連絡をしてくれた友人たち
何年も会えておらず年賀状だけの挨拶は、『コスト』という一言に全てを詰め込んで考えると確かに無駄なことと思うでしょうし、私も納得出来る部分もあります
でも頻繁に会っていないからこそ(個人的には五十代の身からすると)年に一度の年賀状がある意味『安否確認の一つ』でもあるかな?と思うのです(^_^;)
それぞれの身に何か起きた時、皆んなどんな形でお互いを知り得るのだろう?(家族が私のLINEを開いたとしてもプロフ名だけを見て友人かどうかの判別が難しい子もいるだろうし)
そんな素朴な疑問や一抹の寂しさも感じました
かと言って年賀状(というか年始の挨拶)がLINEでの挨拶に即変わるか?というと若い子たちは今でこそそうだけれど、大の大人こそ実はLINEに限らず連絡不精という人もいるし
これは年賀状終いをした友人たちや該当する方々を否定しているのではないのですよ
皆んなそれぞれに事情や思いがありますから、「うんうん。そうだよね。」と理解しています
でも
紙の持つ力、一筆をしたためるひと時
「元気ですか?」「お互い体に気をつけようね!」「また会いたいね!」
それがどんなにテンプレでも社交辞令でも、大袈裟ではなく『その人の生』『ワタシの生』を確認できるツールだと思います
とは言え時代の変化に対応もしていかなくてはいけない
年賀状作成は確かに大変
お節作りも…ね(^_^;)
日本特有の文化にしがみついている訳ではないけれど、『映える文化』は歓迎されていく一方で、時代の流れ・時代のニーズから『文化の変化』『文化の消滅』を目の当たりにし、面倒が何か大切なモノまで消していく…
自己満足だとは思うけれど、私はもう少しだけ『相手を思う時間と手を伸ばす行為である年賀状』と付き合っていきたいなぁ
自分の気が済むまで
とか言いつつサクッと終わる可能性も大いに有り得るが(^_^;)