根拠のない鶴の一声 | 鞍手町ピアノ•エレクトーン•リトミック•障がい児対応可レッスン 「みずま音楽教室」

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福岡県鞍手町でピアノ•エレクトーン•リトミック教室の講師をしています!
レッスンのひとコマやPVなお話、マジメなお話から笑っちゃうお話…色々と綴っています♪HPもぜひご覧下さい♪ http://mizumamusicschoolforeb.jimdo.com


音符福岡県 鞍手郡 鞍手町の音楽教室音符

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一昨日はエモーショナルなブログになってすみませんでしたm(_ _)m


一昨日のブログで綴った内容ですが、「習い事?辞めたら?」という発言ってこちらとしては非常にショックを受けるけれど、それと同時に習い事講師歴も来年で30年ともなると「そんな悲しいこと言わないでくださいよぉ〜!」と打ち返す鉄のハートも持っています(^_^;)


しかしながらリブログ記事のケースって、いわゆる学校教育や児童支援業務の一部管理職的なお立場の方からのお声なのです


私は何が一番ショックなのかと言えば、お立場的には私より遥かに目上の方で、当然ながら私よりも経験も実績も豊富な方々であり、そして『子どもと支援』というキーワードで繋がるある意味『同士』のはず


場合によっては連携し合えるチームだと思うのです(実際に外部と繋がる支援会議を開いても良いので)


だけど特別支援のアップデートがなされていらっしゃるのかな?と疑問を感じるほど、軽薄かつ聞き逃せない発言をされたことと、私への聞き取りが全くない一方的な状態で言い放たれことでした(当教室がどのようなレッスンをし、講師の指導内容も含めた上で外されたであれば大いに大いに反省し納得しますが、『習い事』というジャンルの括りだけで軽視された感が非常に強かったのです


つまり“たかだか習い事でしょ?”のナチュラルな侮蔑感を猛烈に感じたのです


ただでさえ一つ一つの判断や一言一言の言葉に重みや責任が問われるお立場の方々ですが、そういったお立場の方々の根拠のない鶴の一声がその子や保護者さまの人生を揺るがすことになる…ということを一瞬も考えなかったのかな?とその軽薄さに寧ろ怖さを感じるのです


実は数年前にも同じようなことがありました


『根拠のない鶴の一声』で私はある生徒さんと別れなくてはいけない状況になりました


私とその専門的お立場の方双方を知っている周辺の数名の方々は、私と生徒さんが引き離されたことを知った時激しく落胆をし、引き離す行為を強く反対してくれました


絶対に間違っている、と


でもその根拠のない鶴の一声を保護者の方がただただ信じてしまいました


その生徒さんが当教室にご入会された理由は特に支援とは関係はなく、ピアノレッスンが将来の職業に必要という理由でご入会頂きました。


ご入会時点で生徒さんは既に中学生以上の年齢でしたが、ご入会直後に私が生徒さんに対して感じ取ったことは学習の遅れだけではない、生徒さんの知的面での遅れでした。(かなり明確でした)


実は保護者さまは幼い頃からお子さんの特性に気づいていながらも受容がほぼできておらず、お子さんはこれまでに一切の支援を受けていませんでした。


ですからその子とのレッスンではさまざまなサポートを入れなくては、レッスンやその他のことの理解がほぼ難しい状況でした。保護者さまとは何度もミーティングをさせて頂き、支援の方向性を探したりさまざまなご提案をさせて頂きましたが(保護者さまも前向きなお気持ちになられたかな?と感じてはいましたが)やはりお子さんの状況を受け止められなかったようで、結局お知り合いの支援施設の管理職的な方にご相談をされたようです。


私の支援が絶対正解‼︎だなんてそんな傲慢さは持ち合わせてはいませんが、何か間違っていたならばそれはどこでしょうか?教えてください!アドバイスをください!(私の支援が完璧だから間違いなんてない!という意味ではありません)


でもそれは実現しませんでした


何故なら私と管理職的な方は一度もお会いしたことも話したこともない方だからです(実は私はこの管理者の方のことは比較的耳にできる立場でしたので、この方がどういった方なのかは凡そ把握はしておりましたが)


支援の基本は支援の対象となる方(又は保護者さま)からの聞き取りから始まり、場合によっては対象者と関わる周辺の方々との聞き取り(情報収集)やご協力を頂くことで支援の方向性を決めていったり、支援を広げて連携していきます


私も過去に他の保護者さまからその当時ご利用されていた施設さんと支援連携をして欲しいとのご依頼を受け、施設さんとはお子さんの情報を共有しながら支援連携していた経験もあります


このように支援施設で支援サービスを生徒さんが受けていたのであれば、もしくは相談を受けた管理者の方が私との連携とは言わずとも、最低限の聞き取りなどの依頼があれば、当然ながら情報共有を重ねていたと思いますし、生徒さんのためにチームとなって支援のあり方を考え合っていたとさえ思います


でも現実はそれ以前の話です


だからこそ「何故辞めさせるのか?」の根拠がないのです


年齢の高い生徒さんだったけれど、お別れの日に保護者さまに連れられてきた生徒さんは私の顔を見るなりボロボロ涙を流して小さな子どものように泣きじゃくっていました


それが全てを物語っていたと思います


私は生徒さんと保護者さまを出来るだけ笑顔で見送った後、部屋に戻って大泣きをしました



お立場のある方

名の知れた方かも知れませんが


根拠のない鶴の一声で

その子の支援が切れる重みを

お願いですから想像をしてください



今でもあの時の光景は目に焼きついて離れず、時折思い出しては胸が張り裂けそうになります


なぜ前回のブログがエモーショナルになったかと言うと、こういった辛くて痛い過去の経験があったからなのでした


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支援の必要な子どもたちにとっての習い事って、職業に結び付かなくても本当の意味で一生の支え・長きに渡っての心の支えになる可能性が健常のお子さんたちに比べて非常に高いのです


進学や受験などの節目節目をきっかけに区切りをつけることなく(例えば住居が変わるなどがない限り)長く長くお付き合いしていくケースが多いのです


そういった責任も含め、子どもさんたちを大事に大事にお預かりしている者として、その世界でお立場のある方の思考と発言なの?と私は思いましたし(もちろん全ての方がそうではないことは重々理解しています!サポシーメンバーの元管理職のあやこ先生や、今は県教のとある課で責任ある立場になっているけれどついこの前まで管理職だった身内も、広い視点を持っています!)先述のように“たかだか習い事”という侮蔑を感じる数年前の一件と類似ケースだと私は思いました


さて、話題は現在の相手の方との課題に戻りますが…


相手の方との今と今後に向けた課題は山のようにありますし、支援はこれからも続く長い長い道のりです


でもどんなに小さなことでもその成長や一歩が希望となるよう(凹む時もあるけれど)そして支援の方向を見失わないよう、相手の方と力を合わせて少しずつ少しずつ前に歩んでいきたいと思います


コツコツ、コツコツ、ただただ丁寧に


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まだまだモヤモヤは消えないけれど、私も少し気持ちを切り替えて…


発表会関連のブログをぼちぼち書いていきたいと思います


コロナ禍での発表会は想像以上に大変でしたが、発表会後の子どもたちの心が一皮も二皮も剥けるほど成長した会となりました


ぼちぼち綴ってまいりますのでどうか気長にお待ち下さいませ(^^;;