遺された者の心のサポート | 鞍手町ピアノ•エレクトーン•リトミック•障がい児対応可レッスン 「みずま音楽教室」

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福岡県鞍手町でピアノ•エレクトーン•リトミック教室の講師をしています!
レッスンのひとコマやPVなお話、マジメなお話から笑っちゃうお話…色々と綴っています♪HPもぜひご覧下さい♪ http://mizumamusicschoolforeb.jimdo.com

今は亡き祖母の介護、そして祖母の日常生活を支えてくれていた私の伯母


持病を幾つも抱えている伯母ですが、本当に最後までよく頑張ってくれたと思います


祖母に関わる諸々の手続き、そしてお世話になった方々や場所へのご挨拶周りが落ち着き、今は淡々と日々を過しながも、意識的に外へ出ている様です

「牛乳が無くなったから買って来る!」
「食パン無いから買って来る!」

そう、こんなささいな買物であっても、日常の中で気持ちを切替えていく事は大切だと思います

それはあくまでも自発的に…

葬儀直後、伯母はこんな事を言っていました

いつもお世話になっている方が伯母を心配してこう仰ったそうです

『「鬱ぎこんだらダメよ!ボーッとしていないで、前向きに‼︎‼︎」って、物凄い勢い口調で言うんよね…。その人なりの励まし方だって分かるけど、その人のペースは私のペースじゃないんよ…。』


そう、
人の気持ちが落ち着いたり、癒されたり、前向きになる為に必要な時間は、人それぞれタイミングもバラバラ
その人を励ます為に使ってしまった言葉や普段何気なく使っている言葉•ジョークも、その時のその人にとってはチクチクと痛い「棘」になる場合も…


以前、とても辛い時に「頑張れ‼︎頑張れ‼︎」って、「何を頑張ればいいのよ⁉︎まだ頑張らなくちゃイカンのかいっ‼︎‼︎」と、私も思ってしまった事があります


「ポジティブゴリ押し」の辛い事と言ったらもう…f^_^;


でも伯母は、伯母自身のタイミングで自発的に気持ちや身体を動かしていこうとしています





話は少し脱線しますが…

私の両親は自営業を営んでおります

閉店時間はありますが、その時々の事情で閉店時間が遅くなる場合がありますので、必然的に帰宅時間も遅くなります

すると食事を作る“その当時の母=若かりし頃の母”は、当然焦りますf^_^;(今は私が食事を作ります)


祖母はそんな母(つまりは嫁!)を気遣って、「私達は私達(祖母•祖父•伯母)で夕食を取るから、こちらに気を使わなくてもイイよ!」と、食卓を別々にする事になったのでした

祖父が亡くなり、そして歳を重ねた祖母が料理を作れなくなってからは、伯母が祖母の食事を作り、そして祖母の部屋で2人で食事をとっていました


そして今…


祖母が亡くなり、祖母の部屋には撤去された介護ベッドの日焼け跡が畳に残っています

祖母の遺骨は納骨となる為、いずれ祖母の部屋から旅立ちます
そして祭壇もいずれ無くなりますし、諸々の整理をしなくてはなりません

殺風景になってしまう祖母の部屋で伯母が1人で夕食をとる事や、突発的に襲ってくるかもしれない“祖母がいない悲しみ”を受け止める事が果たして伯母に出来るのか?

祖母と伯母は一心同体になっていましたので、例え努めて“前向きにしている”とはいえ、突発的な落込みを私も両親も大変心配しています

「仕事の状況で毎日食卓を共にする事は無理かもしれないし、伯母にも都合はあるだろう

だったら週に1度だけでも良いから、一緒に夕食をとる事にしよう‼︎」と決め、今、食卓を共に囲んでいます

特例法は、お鍋や鉄板プレート料理の際、週一に関係無くご一緒に(笑)

例え家族間であってもそれぞれいい年齢の大人達なのでf^_^;良い距離感を大切にしながら、支え合う事を忘れない様にしたいと思っています




伯母には幸いな事に、近くに気心の知れたお友達が沢山居て下さるので、よく声を掛けて頂いております

そして伯母がOL時代(OL時代があったのよねェ~笑)からお付き合いさせて頂いているあるお店の方々も、伯母を家族の様に思って下さり、美味しい物を食べに、時には旅行にと、伯母を気遣ってくれます


こう言う時、やはり家族以外にも心寛げる場所や人々の存在と言うのは有難く、そして大切だと感じます