祖母が残してくれた言葉と愛 | 鞍手町ピアノ•エレクトーン•リトミック•障がい児対応可レッスン 「みずま音楽教室」

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福岡県鞍手町でピアノ•エレクトーン•リトミック教室の講師をしています!
レッスンのひとコマやPVなお話、マジメなお話から笑っちゃうお話…色々と綴っています♪HPもぜひご覧下さい♪ http://mizumamusicschoolforeb.jimdo.com

皆様、楽しいGWをお過ごしでしょうか♪


みずま家はこのGW中に合わせて、祖母•フデコしゃーんの四十九日の法要の代わりに、三十五日の法要をとりあげました

祖母が亡くなってもう1ヶ月以上が過ぎました

早いものですね…

法要の前日から親戚•いとこ一同が集まり、我が家は民宿状態になっております(笑)

きっときっと、フデコしゃーんが喜んでくれていると思います♪

今回の記事は、法要を終えて掲載させて頂こうと決めていました

それは法要に集まってもらった親族•いとこ達に、祖母のある物をお披露目してからにしよう!と思っていたからです

本当は通夜や葬儀の前後にお披露目でも良かったのですが、「何と無く今は…ちょっと…」と思い、この日を待ってのお披露目となりました


                         ※


祖母が亡くなる4,5日前の事


祖母の介護をメインで行ってくれていた伯母が、4月に入って直ぐにお友達と数日旅に出る予定でした

「何でこんな時に?」と思われる方も中にはいらっしゃるかもしれません

祖母が脳梗塞になるずっと前に伯母の旅は決まっており、その日に合わせて祖母のショートステイの予約等もしていたのです

祖母の反応が無くなってから、伯母は旅の取り止めを言っていましたが、私達は旅へ出る事をあえて勧めました

それはその時までは祖母の容態にある意味変化が無かった事、入院中である以上完全看護である事(安心である事)、何よりも日々介護を行ってくれていた伯母の心身の疲労は、とうの昔にピークを迎えていましたので、リフレッシュする必要が十分にあったからです


伯母は旅に出る以上、きちんと覚悟を決めていました

持病も有る伯母はこれまで精一杯やってくれましたから、私達家族は気持ち良く送り出すつもりでした


もし旅行中に祖母に何かがあった場合…

伯母は出かける予定だった数日前に、“もしもの時”を想定して、私達家族へ様々な事を託しました

私もその場におり、話を聞いていたのですが、伯母から一通の封筒を渡されました

「もしもの時に混乱して渡せんかったらイケんけ、コレを渡しとくね。2年前のばあちゃんから。」

「はぁ⁈」



それは2年前…

祖母が自宅で転倒、腰を骨折し入院

退院間近に祖母の様子がおかしく、退院後更に悪化

別の病院で脳の検査をした結果、「慢性硬膜化血腫」が分かり(前の病院での院内事故が後に判明)、更に別の病院へ入院手術

脳外科•その後短期ではあったものの通院となった皮膚科•泌尿器科•耳鼻科•婦人科、そして2年間お世話になった精神科と整形外科を探し、車椅子の祖母を伯母の車に乗せ、伯母と共に(お互いのスケジュールを合わせながら)病院のはしごをしました

院内事故の際の病院との話し合いもしました

詳細は抜きにしても、きっと伯母が祖母へ私の行動なりを伝えてくれていたのだと思います



「なっちゃん(私)に何かお礼がしたい」



      
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伯母がお手本を書き、何度も書く練習をして…


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祖母から私への感謝の気持ちの言葉でした


伯母と祖母は、私に内緒で手紙を準備していたそうです

それから間も無くして祖母が認知症と診断され、本格的な自宅介護生活がスタートしたのでした



私は祖母の文字を見て、子どもの様に声を上げて泣きました

両親も勿論知らなかった事なので泣きました

それから間もなくして、祖母は亡くなりました



手紙を書いた当時、祖母は96歳

ペンを持って文字を書くなんて祖母の日常生活ではもう無い事ですし、もしかすると何十年ぶりに文字を書いたのかもしれません

書いてくれた手紙の紙はちゃんとした便箋では無く、コピーミスの用紙の裏(笑)
オマケに字はヨレヨレf^_^;文章も短いけれど、こんなに思いが詰まった手紙はどこにもないと思いました


ズルイなぁ~、フデコしゃーん
ステキ過ぎるよ、フデコしゃーん


大好きだよ、フデコしゃーん‼︎
あなたの孫で良かった‼︎
そして私の祖母でいてくれて、本当にありがとう‼︎