大学時代の思い出
先週のベース教室の集まりで、卒業以来の大学時代のクラスメートに再会した話をしました。
(『巡り合い』→ココ )
「本当に、世の中狭いね!」の、出来事でした。
私は地元の私立大学の英文科に1浪して入りました。
「入れてくれる所が私の進むべき道」と選り好みしない謙虚な態度で入学したものの、やはり正しい選択とはいえなかったようです。
英文科は想像以上に英語漬けの日々でした。
一般教養の時の英語も多かったのですが、専門課程に入ってからは日々英語。
アプローチの仕方こそ違え、やることは英語だけ。
もともと英語が得意ではなかったうえ、文芸部での活動が生活の中心だった私(詳しくは『純文学VS動物行動学』→ココ )
授業の予習はかなりの重荷でした。
特に、分厚いペーパーバックを1時間で何ページも進んでいく講読は、苦手中の苦手。
何種類かの辞書にあたっても、わからない表現はまったくわからず、時間だけが過ぎてしまいます。
クラブで自分が担当する研究会がある時などは、授業の予習よりそちらの準備に時間をかけていました。
授業ではアトランダムに当てられて訳をやらされるのですが、先生方にもそれぞれの癖があって、やはり一定の規則性をもって当てていきます。
とはいうものの、「あの先生の授業は、しばらく大丈夫だろう」なんて安心していると、先生がうっかりしてまた私を当ててしまうことも。。。
2度ほど大失敗をしてしまいました。
1度目は、大好きなT先生の授業。
この先生は大学の中でも1番英語がお出来になると言われた先生で、温厚なお人柄から生徒にも慕われていました。
でも、選ぶテキストは最悪。
「翻訳本が出ていないのを、アメリカでなんとか見つけてきましたよ」と、授業の最初に嬉しそうに説明されました。
翻訳されていない=全く面白くない
『Jungle』
読めば読むほど、気持ちが暗くなる話でした。
イナゴの襲来で作物が全滅し、都会に出た家族が缶詰工場で働くけれど、あまりに貧しくて子供が死んでしまうというような内容でしたね。
その話を毎時間、読み進めていくのです。
ある日、まだ当てられないだろうと安心して授業に出ていました。
すると、欠席者の影響で、なんと順番が早くなって当てられそうな気配です。
あせって、自分が当てられそうな所を辞書を片手に訳してみました。
そして案の定、授業も終りそうな頃に私の順番。
なんとか難しそうな単語は一通り引いていました。
びくびくしながら訳していると
「えっ、何ですか?」と先生の怪訝な声。
「○○をそう訳してしまったのですか・・・。
じゃ、みんなで辞書を引いてみましょう。
・・・それは、その上の△△の意味ですね。。。」
なんと私、焦っていたので単語の意味を1つずらして訳してしまったのです。
かなり恥ずかしかったのですが、温厚な先生は怒る事もなく笑ってらっしゃいました。
呆れて言葉が無かったのかもしれません。
そんな程度の私の英語力。
ですから、他の授業も似たり寄ったりでした。
それではさぞかし、テストでは苦労したとお思いでしょう!?
ところが、これが楽勝だったのです!
ごくたまには、予想以上の好成績をもらったこともあります。
ここで、久々に再会したクラスメート君の登場となるわけです♪
彼は、クラスの中でも英語が出来る生徒でした。
クラブはESS。
例の、英語クラブですよ!
何が楽しくて???
・・・いや、失礼(汗)
でも彼は、自分だけがいい成績をとればいいという、単なる優等生ではありませんでした。
「翻訳が出ていないからこれを講読のテキストに選んだ」というT先生の思惑を外し、なんと翻訳本を見つけてきたのです。
しかも試験が9月にあるので、夏休み直前に
「翻訳本のコピーが欲しい人は、申し込んでください。
大量にコピーすると安くなる所を見つけましたから、皆さん、どんどん参加してくださいね」
と、授業が終って先生が教室を出て行かれた後、みんなに呼びかけるのです。
もちろん、この私もお願いしました。
しかも、翻訳本探しはT先生の『Jungle』だけにとどまらず、4年間を通じて彼には本当にお世話になりました。
そうそう、大失敗の2度目も彼のお陰で事なきを得ました。
それは、みんなから【陰険Y】と嫌われているY先生の授業での事。
Y先生はとても厳しい先生で
「欠席は前期1回、後期1回の2回しか認めない。
忌引き、病欠、理由はなんであろうと、2度まで。
それ以上休んだものはD(不可)とする」
と、最初の授業で宣言されました。
そして噂によると、授業中に当てられて
「やっていません」と答えるのも、D確実だということでした。
テストでAを取る人はめったにいなくて、Bがクラスに1人か2人いればいい方だとも聞きました。
そんな先生の授業で私、「やってません」を言ってしまったのです。。。
言った瞬間クラスが、し~~~んとなりました。
先生も表情をこわばらせ、かすれた声で
「結構です。では、次の○○さん」と動揺していました。
私だって、けしてY先生にたてつこうなんていう、大胆な考えだったわけではありません。
やらなきゃなぁと思いながらも、研究会の準備で忙しかったので、つい・・・。
そして、死刑の宣告を受けるつもりで受けた試験・・・
ジャ~~~ン、結果はBでした。
もちろんAはいなくて、クラスでは私1人が☆ミB☆ミ
実は、Y先生のテストは設問が3問程度。
英語力というより、文学解釈という感じです。
[主人公の人物設定のあり方と、時代背景]みたいなのがポイントです。
これって、私の得意な分野!
内容さえわかっていればね(汗)
でも、私達にはクラスメート君がついています!
あ~あ、あの時「やっていません」発言がなかったら幻のAがとれたのになぁ!
(↑いやはや、人間の欲はきりがありませんね・汗)
そんなにお世話になった恩人のクラスメート君との再会。
一番に、お礼をいいました。
すると・・・
「えっ、覚えていないよ。
そんな事やったっけかな?」
なんと、高潔な方!!!
私なら自分の偉業を、子孫代々に伝えますね。
実際私の方は、クラスメート君の話を子供達によくしていました。
ところで、そんな風に真面目な優等生に見えたクラスメート君が、音楽もやっていたなんて全く知りませんでした。
彼によると「高校時代からギタリストとしてバンドに参加し、いろいろな所でライブをやっていた」そうです。
クラスではそんな風には見えませんでしたね(笑)
でも、彼に言わせると、私の方こそ
「今日最初に見たときから、そうじゃないかなとは思ったんだけど、大学時代はベースをやるようには見えなかったから、違うかなとういう気もしていたんだ」だそうです。
そうですね、当時の私とベースって結びつかないですよね。
そう言えば、一緒に演劇をやった友達も、バンドを組んでいたんです。
実は私、何の楽器をやっているかも知りませんでした。
だから、もちろんライブを見に行ってあげてもいません。
今になって、ごめんなさい!
あの時、クラスメート君や演劇の友達のライブに行ってたら、早くからベースに関心を持って、今頃はバリバリのベーシストだったかも。
出会いを逃して、残念。。。
(↑あくまでも私利私欲)