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摂食障害は単なる「ダイエットの失敗」や「単なる痩せたい思いが強い人」ではなく、れっきとした「心の病気」です。食症状や運動強迫は「自尊心の低さを体型〈体重)コントロールすることで自分は大丈夫だと心のバランスをとるために現れる「症状」です。
ですから、「こうあるべき」と信じる体型が”痩せた体”ではななく「いまより太らなければダメ」「もっと筋肉質の体にならないといけない」と思っている人でも、自己否定と怖れが根っこにあるのなら、その根本は「痩せたい病気」と同じことなのです。
単なるダイエットの問題、健康な人でもある自信をなくす「状態」ではないので、そこを混同して「私も過食〈拒食)になったことあるよ~」「誰でもあるよ」「運動は体にいいからいいじゃん」「やせたいなら~すれば(やめれば)いいじゃん」「つらいなら食べれば(食べなければ)いいじゃない」「食べ物をかわなければ)いいじゃない」…など簡単に言わないであげてほしいなぁとおもいます。
心の状態も生活のバランスも、体型や体重の「怖れ」に支配されている生活で苦しんでいる人に「それくらい誰にでもある」としてしまうと、対処できない自分を責め死にたくなるほど辛いと感じる自分は単なる甘えなのかと傷付くだけでなく、助けを求めることもできなくなってしまいます。
**********
って、この前フェイスブックに書いたんだけど、
この病気の根っこの部分ここだよ。
病気がある程度 治ってきて、
生活のバランスがとれるようになってくると
自分が痩せたいと思うことや
コンプレックスで悲しくなること
食べ過ぎること、ちょっと神経質になってしまうことじたいが
「おかしい」「異常だ」って思っちゃうことがあるので
その段階だと 逆に
病気だと思うよりも、
痩せたいなーって思うこともストレス食いくらいは
健康な人でもあるからそれ自体は自然なことだよ、おかしくなんてないよ、
って私もいうし、実際にそのほうがラクに対処していけるんだけど
病気を治す、そのスタートは、
摂食障害が「病気」だという事実を認めるところから。
認めたところからが本当に回復に必要なことがみえてくるよ。
そうでないと
症状でできなくて当然のこと自分の意志のせいにして責めたり
今はできなくて当然のことをやろうとしてはできなくて自信をなくしたり・・
という悪循環だもん。
自尊心のはなし、
今の自分ではいけないという怖れ・・
そこの基本がわかると
自分の入れ物のカタチがどうかで
「痩せてるんだからいいじゃん」
「拒食できるんだからいいじゃん」
「好きなもの食べられるんだからいいじゃん」
・・・って人とカタチだけ比べて
自分と症状や体の形が違うひとにたいして
怒ったり悲しくなったりじゃなくて
共通の「生き辛さ」に悩む仲間がいることに気づいたり
ひとりじゃないんだという勇気を感じたりなど、
なんかあったかいかんじになってくると思います。
どんな感情も間違ってるわけじゃない。
感じることでラクになるならそれでいい。
ただ、感じるほどに苦しくなるとか
いつもおなじパターンでストレスを感じるって言う場合は
表面に見えるカタチの違いは横においておいて
「根っこ」の共通点に思いをめぐらせてみると
何か温かい気づきがあるかもよ~、というお話でした。
例えば、二個前の記事の「太れない体質」のひとに
やせてるんだからいいじゃん
わたしなんか痩せたくても太れないんだから。。など
自分の「痩せる=○のはず」っていう
自分の価値観〈心のめがね、フィルター)通してると
全ての事象がその自分のフィルター色に見える。
自分にとっての○を相手にも押し付けちゃう。
○でうらやましい、
○なのにあのひと何苦しがってるの??
とかって苦しい感情がうまれる
なんて感情に苦しくなったら
そう感じる自分をまずうけとめてあげること、
そして そんな感情から自分を救うために、
「自分のために」
「相手の身になってみる」の
これ、相手のために相手のことを考えろ・・とかいう
常識をいってるのではないです、それとはぜんぜん違うよ。
自分の痩せる=いいことにきまってる=嬉しいはず
っていう自分のめがねはちょっと脇においておいて
相手がかけてる色眼鏡を想像してみるの。
この場合なら
「痩せた体を恥ずかしく、変えなければいけない」
という相手が語っている相手のめがねを
自分がかけているとしたらどうかなあって。
「痩せてることがつらい」「太れないことがつらい」
「今のままじゃダメなんだ」と思ってしまうというなら
その気持ちを 自分が感じているとしたら、、って
相手の身になってみると、・・
すると相手が言う話を、そのままきけるようにならない?
相手の話を相手の話としてきけるよね。
体型や悩みの詳細が真逆であっても
同じ思い抱えて なやみ、頑張って生きている仲間、
自分の辛さも分かってくれる仲間が、
そこにいる事実、今までもいた事実が見えてくるよね
自分のめがね(決め付け)とおすと、
そんなのつらくないじゃん、
って自分をどんどんひとりぼっちにおいこんじゃったり
まったく同じ状況の人にしか
つながりを感じられなくて寂しいけれど・・。
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ですから、「こうあるべき」と信じる体型が”痩せた体”ではななく「いまより太らなければダメ」「もっと筋肉質の体にならないといけない」と思っている人でも、自己否定と怖れが根っこにあるのなら、その根本は「痩せたい病気」と同じことなのです。
単なるダイエットの問題、健康な人でもある自信をなくす「状態」ではないので、そこを混同して「私も過食〈拒食)になったことあるよ~」「誰でもあるよ」「運動は体にいいからいいじゃん」「やせたいなら~すれば(やめれば)いいじゃん」「つらいなら食べれば(食べなければ)いいじゃない」「食べ物をかわなければ)いいじゃない」…など簡単に言わないであげてほしいなぁとおもいます。
心の状態も生活のバランスも、体型や体重の「怖れ」に支配されている生活で苦しんでいる人に「それくらい誰にでもある」としてしまうと、対処できない自分を責め死にたくなるほど辛いと感じる自分は単なる甘えなのかと傷付くだけでなく、助けを求めることもできなくなってしまいます。
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この病気の根っこの部分ここだよ。
病気がある程度 治ってきて、
生活のバランスがとれるようになってくると
自分が痩せたいと思うことや
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「おかしい」「異常だ」って思っちゃうことがあるので
その段階だと 逆に
病気だと思うよりも、
痩せたいなーって思うこともストレス食いくらいは
健康な人でもあるからそれ自体は自然なことだよ、おかしくなんてないよ、
って私もいうし、実際にそのほうがラクに対処していけるんだけど
病気を治す、そのスタートは、
摂食障害が「病気」だという事実を認めるところから。
認めたところからが本当に回復に必要なことがみえてくるよ。
そうでないと
症状でできなくて当然のこと自分の意志のせいにして責めたり
今はできなくて当然のことをやろうとしてはできなくて自信をなくしたり・・
という悪循環だもん。
自尊心のはなし、
今の自分ではいけないという怖れ・・
そこの基本がわかると
自分の入れ物のカタチがどうかで
「痩せてるんだからいいじゃん」
「拒食できるんだからいいじゃん」
「好きなもの食べられるんだからいいじゃん」
・・・って人とカタチだけ比べて
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なんかあったかいかんじになってくると思います。
どんな感情も間違ってるわけじゃない。
感じることでラクになるならそれでいい。
ただ、感じるほどに苦しくなるとか
いつもおなじパターンでストレスを感じるって言う場合は
表面に見えるカタチの違いは横においておいて
「根っこ」の共通点に思いをめぐらせてみると
何か温かい気づきがあるかもよ~、というお話でした。
例えば、二個前の記事の「太れない体質」のひとに
やせてるんだからいいじゃん
わたしなんか痩せたくても太れないんだから。。など
自分の「痩せる=○のはず」っていう
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全ての事象がその自分のフィルター色に見える。
自分にとっての○を相手にも押し付けちゃう。
○でうらやましい、
○なのにあのひと何苦しがってるの??
とかって苦しい感情がうまれる
なんて感情に苦しくなったら
そう感じる自分をまずうけとめてあげること、
そして そんな感情から自分を救うために、
「自分のために」
「相手の身になってみる」の
これ、相手のために相手のことを考えろ・・とかいう
常識をいってるのではないです、それとはぜんぜん違うよ。
自分の痩せる=いいことにきまってる=嬉しいはず
っていう自分のめがねはちょっと脇においておいて
相手がかけてる色眼鏡を想像してみるの。
この場合なら
「痩せた体を恥ずかしく、変えなければいけない」
という相手が語っている相手のめがねを
自分がかけているとしたらどうかなあって。
「痩せてることがつらい」「太れないことがつらい」
「今のままじゃダメなんだ」と思ってしまうというなら
その気持ちを 自分が感じているとしたら、、って
相手の身になってみると、・・
すると相手が言う話を、そのままきけるようにならない?
相手の話を相手の話としてきけるよね。
体型や悩みの詳細が真逆であっても
同じ思い抱えて なやみ、頑張って生きている仲間、
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そこにいる事実、今までもいた事実が見えてくるよね
自分のめがね(決め付け)とおすと、
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