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順番前後しましたが、美人塾@札幌の「午前の部」(食症状や食事、ダイエットとの付き合い方について語る部)のレポートもまゆりさんが書いてくださったので、ご紹介します
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ステップあやさま
おはようございます。
先日は美人塾でお会いできてうれしかったです。
お写真もありがとうございました。
感想文のつもりが異様に長くなってしまったのですが、どこも削れない!と思い、長いですがお送りさせていただくことにします。
以下、感想です。
最初にあやさんのお話しの中で、
「美人塾で今日お話をきいてすぐに治るとかすぐに考え方が変われることを目指してるわけではなく、今日は何かを「感じる」だけでよい。今すぐ腑に落ちることもあれば、今はまだ分からないこと、もやっとすることもあるかもしれないがそれで良い」
「どんなことでも今日何か感じれば、これからの生活で思い出したり考えたりするきっかけにはなるので、それを繰り返しているうちに、1年後くらいに今日わからなかったことがわかったり、考え方や感じ方が変わってきたり・・」
というお話しがあり、気負わずにお話しを伺おうと思いました。
まずは自己紹介でしたが、自己紹介できずすみませんでした。
よそ様の前でお話しというのが、どうしても苦手でできませんでした。
*補足BYステップあや
午前の部は人数が少なかったので、ひとりずつ症状や現在の状態について自己紹介の時間をとりましたが、苦手な人は無理をせず指でバッテンを作ってくれたらパス、ということになりました。
自己紹介の中で、当事者のお母様が、悩んでいる娘のアシストができたらいいなぁ、みたいなお話しがあり、私の母もそう思っているのかなぁ?と思いました。
でも私は母にアシストをしてもらいたいかというと、否という気もします。
*家族のアシストというのは、「ただ見守る」もアシストのうちなのですね。ですが、病気を理解していないために「見守る」こともできなくなってしまうことがあります。どうしても、症状が症状と理解できないために、どうして~しないの?どうして~するの? ~すればいいじゃない! 自分勝手もいい加減にしなさいよ、じゃあどうしてあげたらいいわけ???となってしまいがちです。
そう考えると「家族がこの病気について知ること」もそれだけでアシストになるといえるとおもいます。
その他自己紹介の中で、過食の症状が落ち着いて、今は特に心の問題の方を感じるという方や、食べるようになって、心も楽になって来ているいう方、常に食と体重に振り回されているという方、痩せることが生きるすべてになっているという方、摂食障害を抱えながらもご結婚なさった方、いろいろな方がいらっしゃいました。
うんうん私も!と思いながら伺ったり、そうなのかぁ・・・と思いながら伺ったり、自己紹介だけでも学ぶことがあったように思います。
あやさんの壮絶な摂食障害との戦いのお話し、ブログで知っていたはずなのに、改めて目の前であやさんのお話しを伺うと、本当に大変な道を乗り越えてこられたのだなぁと思いました。
吐けないと思ったら食べられないという拒食心を抱えながらの過食嘔吐、本当におつらかったろうと思います。
でも今こうして健康を取り戻して、ご活躍されているあやさんに出会って、私もそちらの世界に行きたいなぁと思うようになりました。
心を作る物質はトリプトファンというタンパク質でできているということも、ブログでお見かけした気がしますが、改めて知って食べることの大切さをヒシヒシと感じました。
(今すぐ食べなさいとはいわないし、ゆっくりでいいよって言ってるけれども)
「向かう方向は食べる方向」--その大きな流れを見失わずに、食べ物と仲直りできたらいいなぁと思いました。
「心も体も”できること”から始める」
実際にやるとなると難しいです。
確かにできることしかできないわけで、できることから始めるしかないのに、高望みをしてしまう自分がいます。
でも、”何をしたらいいのか””何をすべきなのか”と考えてきましたが、「何ならできるのか」を考えて、できることかが一歩ずつ進んでいくーーこれをやっていこうと思います。
あやさんの体験で
「カロリー制限、運動強迫で運動しすぎているくらいなのにじりじり太ってきた」というお話を生で聞いて、どれだけつらかったろうと、改めて思いました。
食べないと飢餓状態でストレスになって、食べたら食べたで食べちゃダメと思っているのでストレスになって・・・。
ストレスの無限ループ、恐ろしや。
でも
「摂食障害はとても苦しいのに、それでもそれを選ぶということは、何か選ばないといられない理由が何かあるから」というお話も、うんうんと思いながら伺いました。
”トゲだらけの杖に頼らないと生きていられないことが、情けなくもあり、恥ずかしくもあり・・・という感じです。
摂食障害の症状が出ることに対して、もっと寛容になれたらいいのかな?とも思いました。
■「食べてもいいという情報を探した」というお話は、ご苦労を感じました。
私はこうしてあやさんに「食べても大丈夫」と教わっているのが救いです。
あやさん、本当にありがとうございます。
■「アスリートが太らないのはなぜ?」というご質問がありました。
*ステップあや補足
これについての解答は、少し補足が長く必要になるので、ここでは省略いたしますが、本やブログに書いている趣旨と同じです。
「脳の本能と理性の間で戦いが起こる」というあやさんのお言葉、まさしくそう!!と思いました。
食べさせたい本能と、食べたくない理性との狭間でもみくちゃにされている気がします。
「ひとりだと過食スイッチが入るけれど、人がいると過食の欲求が減る」とおっしゃっていた方がいて、印象的でした。
あやさんも(人がいようがいまいが過食したい!という段階が終わり)、治る過程でそういうことがあり、治りかけのときそうだったと伺ったので、お話しになった方も治る方向に向いていると思ったら、拍手したい気持ちになりました。
人といることでホッとして、心の過食がなくなるのかな?と思いました。
人のことはよく見えるもので、自分のこととなると灯台下暗しとなるのですが。
■「自分がダメだと思っていることは、本当にダメなの?」とうお話しも、改めて伺って目から鱗状態でした。
片寄った”頭”で勝手に○×付けていたなぁと気づきました。
■「これ以上はダメ、この食べ方はダメ」というどこかで聞いた情報が「絶対のルール、禁止事項」になって、それにしばられて頭の過食が起こる」というの、頭の過食の原因がやっとわかりました。
体の過食、頭の過食、心の過食の中で、私は特に頭の過食で悩んでいたので、このお話しとても有難かったです。
■「必要だから過食になる」というお話しは繰り返しブログで拝読していましたが、やっとストンと入ってきました。
過食のあの制御できない感覚、本当に制御できないものなのだと納得です。
制御できると食べないから、脳が制御できなくさせているのですよね。
■「体重は上げ止まりまでいったらあるべきところで安定するけれど、安定しても上下はある」というのは、私自身、最近実感しているなぁと思いました。
ただ、「あるべきところ」というのは「思い描く望みの体重」というわけではない。
そこのところを受け入れるのが難しいのだなあと思いました。
■「上下あるけれど●kg”前後”で安定している」というあやさんのカミングアウト、
体重って●kg超えていいんだ・・・と思いました。なぜだか私は体重がその体重を超えることに恐怖と嫌悪を感じていたのですが、おかげさまで、これからは●kg以上になる自分も受け入れられそうです。
■「ダイエットしても過食にならないのは”飢餓モード”に入る前に食べるから」というお話し納得しました。
「食べちゃった」を嫌わないであげて」というあやさんのお言葉に、涙が出そうになりました。私はしょっちゅう「食べちゃった」を嫌って、食べた自分を責めていたので。食べちゃってもいいのですよね。
■「食生活をごはん主体にしてバランス食になっているけれど、調子が悪くなるとスナックとチョコの過食になる」というお話しの中で、あやさんが
「チョコに×を付けている?チョコを食べたら必ず過食になる!チョコ=ダメなもの」って思いこんでるとか?」とおっしゃっていたのが印象的でした。
×を付けているから、過食が起こるのですね。なるほど納得です。
*補足byステップあや
体が飢餓モードのときに一口食べて火がついていたから、今はもう体は治っているはずなのに、また同じ事が起こる!と思い込んでいるために、食べたくて食べてもストレスになり、その思考(頭)がストレス過食を呼ぶパターンについてお話しました。
■「カロリーよりも質量が怖い」とおっしゃるかたもいて、へぇ~と思いました。
考えてみると、カロリーと質量って比例するものではないなぁと思い、そういうものかと思いました。
*補足byステップあや
これは、「おなかが一杯の感覚=太る」という思い込みの話と同じです。
本の中にも書いたのでお手持ちの方は復習してみてください。ブログは記事が多すぎて探すのは私自身も大変ですが、どこかにはあるのでなんとなく読んでれば出てくるかも。
中略
■「体に栄養とカロリーを入れていけば、野菜過食、低カロリー食の過食はしぜんと止まる」というの、実感しています。キャベツとか見ても、過食欲求に駆られなくなりました。なんか別に食べなくてもいいよね・・・と思えるようになったからだと思います。
■「夕食後に何か食べたい」というお話し、あるあるです。
あやさんの「私はふつうにセットで組み込まれている」というのに思わず笑ってしまいました。
夕食後に食べてはいけない、とそれを×にすると、そこから戦いが始まってしまって、過食が起こるのかぁと納得しました。
あやさんのお話しを、制限しようとする元にしないで、食べるのを許すために受け止めさせていただきます。
*補足byステップあや
セットで組みこまれているというのは、絶対食べると決めているわけじゃなくて。食べなくてはいけないとも食べてはいけない、とも決めないという意味です。
詳しい説明は長くなるので省略。
■「食べたいときはジャンクでもなんでも心の栄養と思って食べる」というのはブログであやさんがよくおっしゃっていたので、言葉では知っていたのですが、やっとわかったように思います。
食べてはいけない、もうやめなきゃ、やめなきゃ・・と思いながら食べていると、どこでやめるかわからなくなってしまう、本当にそうです。
今思ったのですが、どこでやめる「べき」か、考えてしまうのがよくないのかな?という気がしました。
■「自分をペットと思ってみる」という例え、なるほど納得でした。
○×付ける前に、とりあえず与えてみる、欲しいのだったら食べさせてみるというスタンスで自分に向き合っていきたいと思います。
■「いつも食欲を否定していると、食べ物が頭から離れなくなる」というのはしみじみ感じます。食べたくないと思い込ませようとしても、食べたいものは食べたいので、頭から食べることが消えなくなってしまうという感じでしょうか。
×と思っていたお菓子も、無理のない範囲でとり入れてみて、とり入れながら仲直りしていきたいです。
■「ストレスが食に向かうのは、癒やしを得る手段が食に集中しているから」というのは耳が痛かったですが、癒やしのレパートリーを増やすことをぜひやっていきたいと思います。
■「食べてもいいし、怖かったら今はできないままでもいい」というあやさんのお言葉を頼りにしていこうと思います。(どっちにしなきゃダメと)「決めなくていい」というお言葉も心に留めておきます。
■「ある自助グループで、”スリップ”という言葉を使うのにモヤモヤする」とおっしゃった方がいらっしゃいましたが、お話しを伺って、私もモヤモヤしました。
あやさんが「スリップと思っていたことがスリップじゃないと思えた方がラク」とおっしゃていたのも頷けました。
スリップとして受け止めて、失敗だったと自分を責めるのは、自分がかわいそうかと思います。
■「症状が出る=ダメと思わなくていい」というお言葉、有難かったです。
ブログでも症状を指針に、みたいなことをお見かけしたように思うのですが、改めて目の前であやさんがおっしゃってくださると、心に沁みました。
症状が出るのは嫌だけれど、でも体や心が症状を出さずにいられない、何か理由があるのだと、きちんと根元までたどっていけるようになれたらいいなぁと思いました。
中略
あやさん、最後までお読みくださってありがとうございました!
また日を改めて、午後の部の感想も書かせていただこうと思います。
暑い毎日です。どうぞお元気で。
旦那様にもよろしくお伝えください。
まゆり
☆*゜ ゜゜*☆*゜ ゜゜*☆*゜ ゜゜*☆*゜
ステップあやです。
まゆりさん、ありがとうございました★
これ、二時間にわたり話し続けたことのまとめですので、一つ一つの説明はほんの一部になっていますのでご注意ください。
詳細な意味は本とブログにあるので、あわせてご活用いただければ幸いです。
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お写真もありがとうございました。
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以下、感想です。
最初にあやさんのお話しの中で、
「美人塾で今日お話をきいてすぐに治るとかすぐに考え方が変われることを目指してるわけではなく、今日は何かを「感じる」だけでよい。今すぐ腑に落ちることもあれば、今はまだ分からないこと、もやっとすることもあるかもしれないがそれで良い」
「どんなことでも今日何か感じれば、これからの生活で思い出したり考えたりするきっかけにはなるので、それを繰り返しているうちに、1年後くらいに今日わからなかったことがわかったり、考え方や感じ方が変わってきたり・・」
というお話しがあり、気負わずにお話しを伺おうと思いました。
まずは自己紹介でしたが、自己紹介できずすみませんでした。
よそ様の前でお話しというのが、どうしても苦手でできませんでした。
*補足BYステップあや
午前の部は人数が少なかったので、ひとりずつ症状や現在の状態について自己紹介の時間をとりましたが、苦手な人は無理をせず指でバッテンを作ってくれたらパス、ということになりました。
自己紹介の中で、当事者のお母様が、悩んでいる娘のアシストができたらいいなぁ、みたいなお話しがあり、私の母もそう思っているのかなぁ?と思いました。
でも私は母にアシストをしてもらいたいかというと、否という気もします。
*家族のアシストというのは、「ただ見守る」もアシストのうちなのですね。ですが、病気を理解していないために「見守る」こともできなくなってしまうことがあります。どうしても、症状が症状と理解できないために、どうして~しないの?どうして~するの? ~すればいいじゃない! 自分勝手もいい加減にしなさいよ、じゃあどうしてあげたらいいわけ???となってしまいがちです。
そう考えると「家族がこの病気について知ること」もそれだけでアシストになるといえるとおもいます。
その他自己紹介の中で、過食の症状が落ち着いて、今は特に心の問題の方を感じるという方や、食べるようになって、心も楽になって来ているいう方、常に食と体重に振り回されているという方、痩せることが生きるすべてになっているという方、摂食障害を抱えながらもご結婚なさった方、いろいろな方がいらっしゃいました。
うんうん私も!と思いながら伺ったり、そうなのかぁ・・・と思いながら伺ったり、自己紹介だけでも学ぶことがあったように思います。
あやさんの壮絶な摂食障害との戦いのお話し、ブログで知っていたはずなのに、改めて目の前であやさんのお話しを伺うと、本当に大変な道を乗り越えてこられたのだなぁと思いました。
吐けないと思ったら食べられないという拒食心を抱えながらの過食嘔吐、本当におつらかったろうと思います。
でも今こうして健康を取り戻して、ご活躍されているあやさんに出会って、私もそちらの世界に行きたいなぁと思うようになりました。
心を作る物質はトリプトファンというタンパク質でできているということも、ブログでお見かけした気がしますが、改めて知って食べることの大切さをヒシヒシと感じました。
(今すぐ食べなさいとはいわないし、ゆっくりでいいよって言ってるけれども)
「向かう方向は食べる方向」--その大きな流れを見失わずに、食べ物と仲直りできたらいいなぁと思いました。
「心も体も”できること”から始める」
実際にやるとなると難しいです。
確かにできることしかできないわけで、できることから始めるしかないのに、高望みをしてしまう自分がいます。
でも、”何をしたらいいのか””何をすべきなのか”と考えてきましたが、「何ならできるのか」を考えて、できることかが一歩ずつ進んでいくーーこれをやっていこうと思います。
あやさんの体験で
「カロリー制限、運動強迫で運動しすぎているくらいなのにじりじり太ってきた」というお話を生で聞いて、どれだけつらかったろうと、改めて思いました。
食べないと飢餓状態でストレスになって、食べたら食べたで食べちゃダメと思っているのでストレスになって・・・。
ストレスの無限ループ、恐ろしや。
でも
「摂食障害はとても苦しいのに、それでもそれを選ぶということは、何か選ばないといられない理由が何かあるから」というお話も、うんうんと思いながら伺いました。
”トゲだらけの杖に頼らないと生きていられないことが、情けなくもあり、恥ずかしくもあり・・・という感じです。
摂食障害の症状が出ることに対して、もっと寛容になれたらいいのかな?とも思いました。
■「食べてもいいという情報を探した」というお話は、ご苦労を感じました。
私はこうしてあやさんに「食べても大丈夫」と教わっているのが救いです。
あやさん、本当にありがとうございます。
■「アスリートが太らないのはなぜ?」というご質問がありました。
*ステップあや補足
これについての解答は、少し補足が長く必要になるので、ここでは省略いたしますが、本やブログに書いている趣旨と同じです。
「脳の本能と理性の間で戦いが起こる」というあやさんのお言葉、まさしくそう!!と思いました。
食べさせたい本能と、食べたくない理性との狭間でもみくちゃにされている気がします。
「ひとりだと過食スイッチが入るけれど、人がいると過食の欲求が減る」とおっしゃっていた方がいて、印象的でした。
あやさんも(人がいようがいまいが過食したい!という段階が終わり)、治る過程でそういうことがあり、治りかけのときそうだったと伺ったので、お話しになった方も治る方向に向いていると思ったら、拍手したい気持ちになりました。
人といることでホッとして、心の過食がなくなるのかな?と思いました。
人のことはよく見えるもので、自分のこととなると灯台下暗しとなるのですが。
■「自分がダメだと思っていることは、本当にダメなの?」とうお話しも、改めて伺って目から鱗状態でした。
片寄った”頭”で勝手に○×付けていたなぁと気づきました。
■「これ以上はダメ、この食べ方はダメ」というどこかで聞いた情報が「絶対のルール、禁止事項」になって、それにしばられて頭の過食が起こる」というの、頭の過食の原因がやっとわかりました。
体の過食、頭の過食、心の過食の中で、私は特に頭の過食で悩んでいたので、このお話しとても有難かったです。
■「必要だから過食になる」というお話しは繰り返しブログで拝読していましたが、やっとストンと入ってきました。
過食のあの制御できない感覚、本当に制御できないものなのだと納得です。
制御できると食べないから、脳が制御できなくさせているのですよね。
■「体重は上げ止まりまでいったらあるべきところで安定するけれど、安定しても上下はある」というのは、私自身、最近実感しているなぁと思いました。
ただ、「あるべきところ」というのは「思い描く望みの体重」というわけではない。
そこのところを受け入れるのが難しいのだなあと思いました。
■「上下あるけれど●kg”前後”で安定している」というあやさんのカミングアウト、
体重って●kg超えていいんだ・・・と思いました。なぜだか私は体重がその体重を超えることに恐怖と嫌悪を感じていたのですが、おかげさまで、これからは●kg以上になる自分も受け入れられそうです。
■「ダイエットしても過食にならないのは”飢餓モード”に入る前に食べるから」というお話し納得しました。
「食べちゃった」を嫌わないであげて」というあやさんのお言葉に、涙が出そうになりました。私はしょっちゅう「食べちゃった」を嫌って、食べた自分を責めていたので。食べちゃってもいいのですよね。
■「食生活をごはん主体にしてバランス食になっているけれど、調子が悪くなるとスナックとチョコの過食になる」というお話しの中で、あやさんが
「チョコに×を付けている?チョコを食べたら必ず過食になる!チョコ=ダメなもの」って思いこんでるとか?」とおっしゃっていたのが印象的でした。
×を付けているから、過食が起こるのですね。なるほど納得です。
*補足byステップあや
体が飢餓モードのときに一口食べて火がついていたから、今はもう体は治っているはずなのに、また同じ事が起こる!と思い込んでいるために、食べたくて食べてもストレスになり、その思考(頭)がストレス過食を呼ぶパターンについてお話しました。
■「カロリーよりも質量が怖い」とおっしゃるかたもいて、へぇ~と思いました。
考えてみると、カロリーと質量って比例するものではないなぁと思い、そういうものかと思いました。
*補足byステップあや
これは、「おなかが一杯の感覚=太る」という思い込みの話と同じです。
本の中にも書いたのでお手持ちの方は復習してみてください。ブログは記事が多すぎて探すのは私自身も大変ですが、どこかにはあるのでなんとなく読んでれば出てくるかも。
中略
■「体に栄養とカロリーを入れていけば、野菜過食、低カロリー食の過食はしぜんと止まる」というの、実感しています。キャベツとか見ても、過食欲求に駆られなくなりました。なんか別に食べなくてもいいよね・・・と思えるようになったからだと思います。
■「夕食後に何か食べたい」というお話し、あるあるです。
あやさんの「私はふつうにセットで組み込まれている」というのに思わず笑ってしまいました。
夕食後に食べてはいけない、とそれを×にすると、そこから戦いが始まってしまって、過食が起こるのかぁと納得しました。
あやさんのお話しを、制限しようとする元にしないで、食べるのを許すために受け止めさせていただきます。
*補足byステップあや
セットで組みこまれているというのは、絶対食べると決めているわけじゃなくて。食べなくてはいけないとも食べてはいけない、とも決めないという意味です。
詳しい説明は長くなるので省略。
■「食べたいときはジャンクでもなんでも心の栄養と思って食べる」というのはブログであやさんがよくおっしゃっていたので、言葉では知っていたのですが、やっとわかったように思います。
食べてはいけない、もうやめなきゃ、やめなきゃ・・と思いながら食べていると、どこでやめるかわからなくなってしまう、本当にそうです。
今思ったのですが、どこでやめる「べき」か、考えてしまうのがよくないのかな?という気がしました。
■「自分をペットと思ってみる」という例え、なるほど納得でした。
○×付ける前に、とりあえず与えてみる、欲しいのだったら食べさせてみるというスタンスで自分に向き合っていきたいと思います。
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×と思っていたお菓子も、無理のない範囲でとり入れてみて、とり入れながら仲直りしていきたいです。
■「ストレスが食に向かうのは、癒やしを得る手段が食に集中しているから」というのは耳が痛かったですが、癒やしのレパートリーを増やすことをぜひやっていきたいと思います。
■「食べてもいいし、怖かったら今はできないままでもいい」というあやさんのお言葉を頼りにしていこうと思います。(どっちにしなきゃダメと)「決めなくていい」というお言葉も心に留めておきます。
■「ある自助グループで、”スリップ”という言葉を使うのにモヤモヤする」とおっしゃった方がいらっしゃいましたが、お話しを伺って、私もモヤモヤしました。
あやさんが「スリップと思っていたことがスリップじゃないと思えた方がラク」とおっしゃていたのも頷けました。
スリップとして受け止めて、失敗だったと自分を責めるのは、自分がかわいそうかと思います。
■「症状が出る=ダメと思わなくていい」というお言葉、有難かったです。
ブログでも症状を指針に、みたいなことをお見かけしたように思うのですが、改めて目の前であやさんがおっしゃってくださると、心に沁みました。
症状が出るのは嫌だけれど、でも体や心が症状を出さずにいられない、何か理由があるのだと、きちんと根元までたどっていけるようになれたらいいなぁと思いました。
中略
あやさん、最後までお読みくださってありがとうございました!
また日を改めて、午後の部の感想も書かせていただこうと思います。
暑い毎日です。どうぞお元気で。
旦那様にもよろしくお伝えください。
まゆり
☆*゜ ゜゜*☆*゜ ゜゜*☆*゜ ゜゜*☆*゜
ステップあやです。
まゆりさん、ありがとうございました★
これ、二時間にわたり話し続けたことのまとめですので、一つ一つの説明はほんの一部になっていますのでご注意ください。
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