こんにちは
エネルギー漲る

ファッションブランディングをする

パーソナルスタイリストの

しんどうさおりです



つづきチュー
あまのじゃくな私 13


私は父に 土日を
頻繁には 休めない


と言った



そんな 融通が効かない会社



会社に 電話すると
怒鳴り声で  言い始めた、、

お酒の 勢いで、何でも怒鳴って
言う事を 聞かそうとする、、




本当にしそうで、、
怖かった




なるべく休める様に
頼むも




周りは 旅行に行く話で
盛り上がっていた、、
順番だよね、、



休める日は なるべく
お見舞いに 行く様にした



ある日、父から
おばあちゃんの 危篤の連絡があり


たまたま、連休で 直ぐに行けた



家の 換気扇の 調子がおかしく
ずっと ゴーゴー 鳴っている、、


そんな事は さておき、、

直ぐに駆けつける




ずっと会っていなかった

親戚達が集まり

おばあちゃんに 話しかける

おばあちゃんは お腹が痛いという中

みんなで交互に さすり

声を掛け合う、、



おばあちゃんの マスクが
ゴーゴーと鳴っていた、、
換気扇、、おばあちゃんに 呼ばれていたと
気付いた、、



お父さんは?と、、

父方の 叔母に聞くと



ゴルフへ行った、、と?



!?




私に散々 怒鳴った父は

自分は 危篤の おばあちゃんを置いて

ゴルフへ行ったという、、



どういうことだ、、?




父から、、と


封筒を渡される、、



中にはお金

これで 喪服を買いなさいと、、

託されていた、、




喪服のお金 もらえるなんて、、


甘えて、、

本当に 贅沢な子やね、、





叔母は 顰めっ面で
私に言った



何の事情も 知らず
好きな事を 言う、、





このお金は、、

おばあちゃんが 成人式の
お祝いに くれたお金だった




着物をこれで 着せてやって、、





そう、父に託したのだ、、


ただ、父は 離婚したばかりで

機嫌も悪く




そんなレンタルだけに

使うお金は もったいない

使うならば おばあちゃんの

喪服を買う時だ、、

と、おばあちゃんの目の前で

言って来た




冗談だと 思っていたが

着物のレンタルに 使うことは なく




本当に 今 手元に やって来た、、

父に 対する 怒りが 込み上がって来ていた





帰りの電車の中、、

父から電話がかかって来た



おばあちゃんが息を 引き取ったと、、





父が 帰って来るのを待ち

父が 病院に来て 帰って直ぐの事だったらしい




直ぐに お店に 連絡し

帰って また準備し

再び向かう、、



家に 着くと 換気扇の調子は
戻り 静かになっていた、、




おばあちゃんの 葬儀の中、、

たくさんの 親戚が 来るも、、

私は一人ぼっち、、

とにかく 親戚に 嫌われていたのだ、、





私と 一つ下の 従姉妹がよく

おばあちゃんに 比べられ

毎回、従姉妹は 号泣する、、




従姉妹は プチマツコデラックスとでも

言っておこうか、、笑


私の倍?
いやそれ以上はある、、笑




おばあちゃんが いつも
言わなくても 良い事を言う、、




痩せなさい、、


さおりちゃん細いなぁ
それに比べて、、




フォロー入れるも

おばあちゃんが 悪いと言うより

私がその場に いるのが悪い 


そんな空気になり

従姉妹も 叔母も 不機嫌になる




嫌な 空気が漂う、、



見た目は プチマツコであろうが
成人式に 好きな着物を
着せてもらって


親子、姉妹揃って
楽しそうに 家族でワイワイ
している姿は

私には うらやましかったよ


でも、


それを 妬む必要などない
ただ いいなぁ、、と思う


それだけだ




私は お盆も お正月も

そんな空気が 漂うのが
たまらなく嫌だった、、
最終的には 私を 避ける様になった、、



母も弟もいない中、、

父はお酒を飲んで 

こんな空気感に 全く気づいていない

とにかく、楽しくなかった







ただ、

おばあちゃんが
寂しがるから



おばあちゃんが 生きてる間は

帰って来なさいと 言う言葉に

従っていた、、






学生の間は 学費を払っている間は、、

だったが、、



社会人になった私には 通用しない



次は おばあちゃんが生きてる間は、、

に、すり変わっていた、、




本当は 私に 会いたかったのだろうか、、

頑固で プライドの高い 父は

誰に対しても

素直に話せない

母に対してもだ、、

ただ偉そうで

建前で  生きてる様に見える





ただ、おばあちゃんの葬儀に

来た方々は 

いろんな 会社の お偉い方々だと

当時の 私にも 感覚で わかった

父の 仕事観だけは 

尊敬 出来るものが あった





ただ、、

ほんの少しは 家族に

目を向けて欲しかった、、

家族みんなで撮った
思い出写真など 一枚もなかった、、



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私は 娘ながらに 出来る事をした
対して出来なかったが、、



法事の時は ビールをつぎに回ったり

お味噌汁を作ったり





ただ、、裏方では、、



ワカメの量が 多いだの

豆腐の切り方が 大きいだの、、笑

小さな事から細々と、、笑



さらに 
鈍臭い我が娘の

プチマツコには

優しい口調で 何も言わず、、



叔母は 私には 何をするにも

こと細かく うるさかった、、涙
もう、、職場の 厳しい先輩方に
しごかれてたので 慣れてはいたが、、



私は 大人に なればなるほど、

顔立ちが

母に 似て来ていた、、

母はずっと 、叔母やおばあちゃんの事を

嫌がっていた




きっと、母も 似た様な

対応をされていたのだろう、、

母が嫌がる 気持ちが  わかった気がした

幼い頃の私には 理由がよくわからなった、、




同じ 親戚の中で 

自分だけが 偉そうに 言われるのが

本当に 私も 嫌だった

扱いが 明らか違う




しかも、父や バレては 都合の悪い人の

前では 態度が 戻る、、驚
すごい切り替えだ、、笑

だから、今も 心のない
策略的な人が すぐわかってしまうのか、、笑




意地悪の 天才達に 無理して付き合う

必要は もうないと思った、、





父に 言っても 妹達が そんな事を
するはずがないと

信じてもらえなかった、、

きっと母も そうだったのだろう、、





もう、これで、、親戚、従姉妹たちに

会う機会は ないだろうと

思った、、



私は

父方の 悩みがなくなり、

めっきり 仕事に集中してゆく

今、振り返ると

まるで 働き方が 父の様かもしれない、、



つづく、、