なお、最初から「ネタバレ」の記述が多いので、内容を知りたくない人はここでお別れです。
前回、「『風立ちぬ』は宮崎駿流の物作りの哲学を若者に託するための作品でもある」と述べた。それは、イタリア人飛行機開発者カプローニが堀越二郎に対して「物作りを志す者にとって、若いときの10年間がすべてだ」とアドバイスするシーンに如実に表れている(ここに書かれたのは要旨であって、セリフとしては不正確)。
宮崎駿はカプローニの口を借りて、物作りを志す若者に対して、創造性のある仕事を志すのであれば、若い今の10年間を懸命に過ごすべきだと伝えたかったのだろう。
では、その10年間の過ごし方とはどういったものなのか。それこそが『風立ちぬ』で描かれている堀越二郎の生き方そのものである。
もちろん、ここで出されるシーンは基本的に堀越二郎の逸話に基づいているわけだが、宮崎駿が限られた中でわざわざ物語に織り込んだことが重要である。そこには「どうしても描いておきたい」「どうしても伝えておきたい」といった思いがあるはずだ。
また、『風立ちぬ』は物作りに夢中になる青年の物語であり、その理想として描かれるのが堀越二郎である。だから、宮崎駿は二郎を通して、物作りの理想的な方法を描き、見ているものに伝えようとしていると考えてよいはずだ。
では、具体的に見ていこう。
二郎は子供のときから飛行機に憧れる少年だった。まだ英語も習っていないのに、英語で書かれた飛行機の専門誌を借りて、辞書と首っ引きで読んで、そこで知った飛行機開発のスターであるイタリア人のカプローニを敬愛する。ここから、カプローニは二郎のメンターとなり、想像上でいつも会話する。
若いときから、憧れの人物=目標人物=メンターを持つことは、自分を向上させる出発点となる。その人物とは実際に接しなくてかまわない。歴史上の人物でもよい。とにかく、自分が尊敬し、資料などから想像上でもアドバイスがもらえるような輪郭のはっきりした人物であればいいのである。
また、ここでは外国語の存在も小さくない。最先端の情報を得ようとしたら、日本語だけでは追いつかない。もちろん大事な情報は日本語に訳されることも多いが、訳されているということは、世界はすでに「次」に行っている可能性がある。
実質的な世界共通語である英語を通して情報を得る力は、物作りに関わるものにとって、必須とまでは言わないが、やはり望ましいとは言うべきだろう。
さて、二郎少年の夢は徐々に現実化していく。上京して「東京本郷にある大学」に入学し、飛行機開発の関わる学問にのめり込む。ドイツなど先行する列強の工業技術に言いようもないコンプレックスにさいなまれる先輩たちを尻目に、二郎は自分の食べているサバの骨の曲線に注目し、その曲線の美しさから「こんな美しい飛行機を作りたい」と考える。
二郎の飛行機開発は、そういった自然への飽くなき探求心と、曇りのない目から生まれたものであることが暗示されている。
クリエイティビティをもたらす土台となるのは、観察である。たとえば、それはアップル創業者のスティーブ・ジョブズが、暇があればいろんなものの細部(分解したラジオ、駐車している自動車などなど)を観察し、誰もできなかった着想を得たことと同じだ。
また、二郎は与えられた仕事はもちろんだが、それをさらに深めて「もっと工夫できるのではないか」と絶えず考える開発者である。与えられたことを完璧にこなすことに満足せず、むしろそれを出発点にして、さらに工夫を加える。これは多くのクリエイティブ・シンカーに共通する行動パターンで、のちに「天才」と呼ばれる人たちはよくこういった行動をとっている。
また、若くして開発チームのリーダーになった二郎は、開発部の人間だけではなく、現場の人たちも招いて、大勢で開発の青写真を作っていく。その方法は1つの部屋にみんなを集め、自分の考えを述べ、自由に意見を言わせるという方法である。
この分野を超えて同じ場で考えるという方法は、クリエイティビティの基本である枠を超えて発想することに大きなプラスになる。いろんな角度からみんなで考えることによって、1人の天才でも発想できなかったような独創的なアイデアが生まれると同時に、情報共有によって、持ち場に戻っても「今このとき、自分が何をやればいいか」という目標がわかるようになる。
開発チームのリーダーである二郎は自分の能力を過信せず、このスタイルを取り入れるのである。
ただし、最後に決断を下すのは二郎である。リーダーの究極的な役割は自分がいなくてもチームや組織が回っていくように管理運営することであるが、それはリーダーが決断を下し、「これをやる」と明言して、それが目標になったときに可能になる。つまり、クリエイティブなチームにおけるリーダーの役割とは決断であり、あとは持ち場に任せることにほかならない。
このように、『風立ちぬ』を見れば、クリエイティブであるために必要なことを宮崎駿の見地からいくつも描いていることがわかる。そういった意味でこの作品は若者へのメッセージである。宮崎流の物作りノウハウを知るためにも重要な作品であると言っていいだろう。
、『風立ちぬ』は物作りを志す若者にとって、その技法を学ぶのにもたいへん貴重な映画だ。宮崎駿が世界的なアニメーターとなった秘訣を教えてくれるのだから、物作りを目指す人にとってはその意味でも「おいしい」映画だろう。
主人公の堀越二郎の声をアニメーターの庵野秀明がやっているが、この作品は宮崎駿が庵野氏以下、自分のあとを追う人たちに残すクリエイティビティの教科書として見ることができる。
ここでは書かなかったこと、あるいは私が気づかなかったこともあるはずだ。クリエイティブな物作りをおこないたいと思っている人(とくに若者)にはぜひ1度、いやできれば繰り返し見て欲しい。
書き忘れたが(いや、書くまでもないのかもしれないが)、そこには恋愛に夢中になれることも含まれるのだろう。





