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こんにちは。

和光葉です。

 

水星逆行中の現在、

過去に変化を起こす、ということで、

過去を振り返ることは良いらしいですよ♪

加藤由迦さん【今回の水星逆行中にやるべき10のこと】

 

過去を振り返ってたくさん気づいたことがあったので、

皆様にも是非お勧めします^ ^

 

 

というわけで、

では早速、昨日の自叙伝その1の続きです。

 

読んでいない方は、昨日の記事から読むことをお勧めします。

自分の過去と徹底的に向き合ってみませんか?

自叙伝その1

 

 

 

青の時代の次は黄色の時代です。

 

黄色の時代は、

子どもや子孫に何を残したいか、

理想を持って未来に向かって安定した基盤を作る時代です。

起承転結の「結」に当たるので、

安定、定着の時代と言われています。

 

 

いろいろ、いろいろあって、

施設に入った精神障害の母親との関係性にも悩み、

親が18歳も年下のお姉さんと再婚したことに、

軽くショックを受けた多感な13歳笑

 

その後から黄色の時代がスタートします。

私の場合は、14歳〜26歳までが黄色の時代でした。

 

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中学生時代でも相変わらず生徒会役員に立候補し、

美術部部長をしておりました。

(なんて真面目‥笑)

 

14歳で、心の支えだった祖母が亡くなり、

 

16歳の時に腹違いの弟が誕生。

 

17歳の時にはバイトと美大受験の為の予備校に通う日々で、

横浜と新宿を往復し、家には寝に帰るだけ、という生活。

 

18歳、高望みしていた為、美大には落ちて進学を諦めます。

(描きたい絵もよくわからなくなっていたため‥)

 

19歳、北海道へ二ヶ月ほど自分探しの旅へ笑

その後、父に

 

「OT(作業療法士)は生活のすべてに関わる仕事だぞ。

お前のお母さんはすごかったんだよ」

 

と言われ、

母の良い面を知りたかった私は、興味津々で、OTの道へ。

(書いてないですけど、兄は大人になって発達障害を脱却していたので‥

どうして治ったのかも知りたかったのです)

 

20歳、夜間部のある学校に入った為、

昼間はバイト、夜は学校、土日は夜勤のバイトを入れて、

バイト三昧の日々でした(自宅で食事をほとんどしていない)

 

彼氏ができて夜遊びをしていた時期もあったけれど、

 

21歳、今の夫である彼に出会います。

(友人の結婚式の二次会でした)

 

その頃、施設にいる母の身元引受人になった様な気もします。

(母との葛藤はいろいろあってよく覚えていません)

 

OTの実習がきつくて、

千葉、山梨、沖縄と3週間〜二ヶ月、眠れない日々が続きました。

 

24歳、晴れてOTとなり、

沖縄の肢体不自由児・重症心身障害児施設へ就職

(沖縄生活が実習中気に入ったので、なんとなく希望したら受かりました〜)

 

最初は沖縄生活を満喫していたものの、

やはり、発達障害のある子どもたちと

その親御さんを相手にする仕事は本当に大変で、

日々勉強の足りなさ、自分の至らなさを責め、

一人暮らしの心細さも重なってか、

いろいろな責任に押しつぶされそうで、

毎日泣いて泣いて暮らしていました。

 

就職して1年頃には、

心療内科に通って抗うつ薬を処方してもらったりもしていました。

 

そんな私を見兼ねて、

25歳に今の夫である彼が、沖縄まで来てくれることに。

(でも遠距離中に一度別れていたのです)

 

そうして、

26歳の時に、

お金がないので手作りの結婚式を挙げようと決意し、

友人や同僚たちの力を借りて、

すべて手作りの結婚式を挙げることができました。

 

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黄色の時代はここまで。

 

 

 

いやー、こうやってみると、

親の再婚と弟誕生後、ずっと忙しかった私。

 

というか、

家にいたくなかったんですね笑

 

書いてみて、はっきりわかりました。

(全然思ってなかったけれど)

 

ひたすら家から逃げようとしていることが笑

 

父も子どもを自由にのびのび見てくれていたし、

兄弟みんな仲良いし、

継母であるお姉さんとも(お母さんとは言えない)、

「ねえブウ」なんて呼ぶくらい親しかったのに‥

 

思春期の心はわかりません笑

 

あとは書いていないけれど、

学生時代は、

家庭教師でお世話になったお姉さんが自殺したり、

母とのことでしばらく葛藤していたり、

お金が回らずずっと悩んでいたり、

色々色々ありましたが笑。

 

沖縄生活では、

何だかんだ言いつつ楽しんでいたし、

英会話や自動車教習所に通ったり、

手作り市に手描きTシャツを出展したりしたので、

またいろいろ手を出しすぎたのも良くなかったのかな‥

なんて思います笑

 

 

夫は本当に辛抱強い人で、

私の嫌がらせのような毎晩の電話に良く耐えてくれました笑

(月の電話代が過去最高になったとかなんとか笑)

 

そして、東京でやっていた内装の仕事を辞め、

沖縄で再就職する決意をして、来てくれたのです‥!

やはり神ですね笑

 

そしてなんと、

見事黄色の時代13年目でゴールインしてたのですね!

 

この事実に、私もびっくりでした笑

 

13年目は「ギフトの時代」なんて言われたりするんですよ。

このサイクルの集大成で、13なので、

見えない力が働いたり、これまでやってきたことに対して、

ギフトがあるかもしれないよー、と言われてたりします^ ^

 

私すごーい!笑

 

そして、

26歳は誰にとっても「絶対反対キン」の年とも言われています。

 

選択肢が来ること多く、

チャレンジしなきゃいけないことが起こるかも?

その年に選択したことが、

後々の人生に影響を与える、とも言われています。

 

 

私は、上記の通り、

「結婚」を選択し、

 

「手作りで結婚式を挙げたこと」

は自分にとって大きなチャレンジでした。

 

というのも、

人に頼ることやお願いすることが大の苦手だったので‥

どうお礼をすればいいかわからないから、

仮を作りたくなかったのです笑

 

でも、この時だけは人に頼みまくりました。

 

自分のできないこと、

その人ができることを見つけて、

 

ゴスペルシンガーも牧師先生も、

ネイルもブーケも音響も司会も受付もカメラマンも‥

全部全部友人知人にお願いして、

ウェディングパーティーをしました。

 

多分、

至らなさすぎて迷惑をかけた人たちはたくさんいたと思うけれど、

ものすごーく達成感がありました。

 

まさしく13年目のギフトだったなぁと、

今になって思います^ ^

 

 

さてこの選択が、

この後の赤の時代でどうなっていくのか?

 

赤の時代はまた、始まりの時代。

 

そして、いよいよ明日は260日ラストです!

乞うご期待〜♪笑

 

 

つづく