シークレット・サービスのベテランがヒラリー支持を表明、トランプ警護を全うしないことを示唆
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201701270000/
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アメリカの場合、大統領を含む要人の警護はシークレット・サービスの役割になっている。
1865年に偽造通貨の取り締まりなどを目的として財務省の機関として創設され、大統領の警護が任務として定められたのは1951年のこと。
現在は国土安全保障省(DHS)の指揮下にある。
その機関に23年近く所属しているというエージェントのケリー・オグラディが公務員の政治活動を規制するハッチ法を愚弄して大統領選挙の期間中にヒラリー・クリントン支持を表明、ドナルド・トランプが大統領になった場合、警護の責任を全うしないことを示唆していたとして問題になっている。
http://www.washingtonexaminer.com/senior-secret-service-agent-suggests-she-wouldnt-take-a-bullet-for-trump/article/2612814#!
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ジョン・F・ケネディ第35代大統領が1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された際、シークレット・サービスが大統領警護の任務を放棄していた疑いが持たれている。
シークレット・サービスで最初のアフリカ系エージェントで、1961年にケネディの指名で大統領警護の任務に就いたアブラハム・ボールデンによると、機関の内部でもケネディ大統領を嫌う人物は多く、大統領が銃撃されたら道を空けるという「ジョーク」が雑談の中で口にされていたという。
(James W. Douglass, “JFK”, Orbis, 2008)
実際、暗殺当日の映像を見るとシークレット・サービスの動きに疑問点がある。
大統領が暗殺された翌年、ボールデンは内部文書を関係者に売ろうとしたとして逮捕され、6年間を刑務所で暮らすことになった。
ボールデン自身はこの疑惑を否定、でっち上げだとしている。
ケネディ警護を担当していた一部エージェントによる過度の飲酒などの不品行をウォーレン委員会で証言しようとしていたという。
オグラディはトランプがアメリカやそこに住む女性や少数派にとって大きな災難をもたらすと主張しているが、人類を死滅させかねない核戦争については触れられていない。
第2期目のビル・クリントン政権、ジョージ・W・ブッシュ政権、バラク・オバマ政権は露骨な軍事侵略を継続、ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナなどを戦乱に巻き込み、破壊と殺戮の限りを尽くしてきた。
その口実が人権、民主化、自由などだが、勿論、それは看板だけの話で中身は逆だ。
別に「民主主義の押し売り」をしようとしているわけでもない。
政府機関の動きに疑惑が持たれているのはケネディ大統領の暗殺だけではない。
公民権運動の指導者として知られているマーチン・ルーサー・キング牧師やケネディ大統領の弟であるロバート・ケネディにも言える。
ベトナム戦争に関する国防総省の秘密文書、いわゆるペンタゴン・ペーパーズを明らかにしたことで知られているダニエル・エルズバーグは宣誓供述書の中で、キング牧師を暗殺したのは非番、あるいは引退したFBIの捜査官で編成されたJ・エドガー・フーバー長官直属のグループだとする話を聞いたと語っている。
この話は下院暗殺特別委員会のウォルター・ファウントロイ議員から話を聞いたブラディ・タイソンが話していたという。
タイソンは国連大使だったアンドリュー・ヤングの側近だった人物だ。
ただ、ファウントロイ議員は後にこの話を否定している。
(William F. Pepper, “The Plot to Kill King,” Skyhorse, 2016)
なお、エルズバーグはウィリアム・コルビーCIA長官の指示でペンタゴン・ペーパーズを公表したと言われ、この公表自体に裏の事情があるのだが、今回はそこへ足は踏み入れない。
キング牧師は1968年4月4日にテネシー州メンフィスで暗殺された。
この時、軍の部隊も動いていたと言われている。
1956年にバス内で引き起こされた人種差別に抗議して始めたバス・ボイコット運動から公民権運動を率いることになったキング牧師はその後、労働/貧困問題、そして反戦運動に取り組んでいく。
そのキングが1968年に殺された理由として指摘されている演説がある。
1967年4月4日にニューヨークのリバーサイド教会で行ったもので、ベトナム戦争に反対する声を上げようと訴えるものだった。
ちなみに、ケネディ大統領は暗殺される5カ月前の1963年6月10日、アメリカン大学の学位授与式で「平和の戦略」と呼ばれる演説を行っている。
アメリカの軍部や情報機関の好戦派を押さえ込み、ソ連との核戦争を回避することに成功したケネディはパクス・アメリカーナ(超大国アメリカによる世界支配)を否定し、ソ連との平和共存を訴えたのである。
1968年3月にはロバート・ケネディ上院議員が大統領選に出馬すると表明、当選する可能性は高いと見られていた。
キング牧師の弁護士だったウィリアム・ペッパーによると、ケネディ議員はキング牧師側に対し、彼が民主党の大統領候補になった場合に牧師を副大統領にしたいと打診してきたという。
(John L. Potash, “Drugs as Weapons Against Us,” Trine Day, 2015)
そのロバート議員は1968年6月5日に暗殺された。
大統領に就任したなら兄の暗殺を再調査する意向を示していたとも言われている。
女性や少数派の差別に取り組むことは許されるが、労働問題に取り組んだり戦争に反対すると命が危うくなるように見える。
それが支配のルールなのだろうか。
そうした意味で、ロシアとの関係改善を公言しているトランプは危険な立場にいると言える。
仏では選挙結果を尊重するとル・ペンは語り米の状況を皮肉ったが、米は前から選挙を尊重しない
http://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201701280000/
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フランスでは選挙結果を尊重するとマリーヌ・ル・ペンは語り、アメリカで展開されているドナルド・トランプ攻撃を皮肉った。
もっとも、アメリカが選挙結果を受け入れないのは一種の伝統で、今回が初めてだというわけではない。
例えば、1953年のイラン、54年のグアテマラ、60年のコンゴ、73年のチリは悪名高い。
2003年にジョージア(グルジア)で実行されたバラ革命、2004年から05年にかけてウクライナで行われたオレンジ革命もそうだと言える。
最近では2013年から14年にかけてネオ・ナチを使って成功させたウクライナのクーデター、アル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を使ったリビアやシリアに対する軍事侵略も選挙結果の否定にほかならない。
民主主義の破壊とも言える。
アメリカの支配層は反民主主義なのだ。
アメリカでは支配層が望む選挙結果以外は受け入れられない。
例えば、1932年の大統領選挙でニューディール派でウォール街と対立関係にあったフランクリン・ルーズベルトが当選すると、ウォール街はクーデターを計画している。
これは失敗に終わったが、その頃はまだ支配層の力が足りなかったということだ。
ジョン・F・ケネディもそうして一例だろう。
選挙戦ではタカ派的な言動をしていたケネディだが、大統領に就任してから巨大企業の行動を規制、通貨発行権を政府の手に取り戻そうと計画、キューバに対する軍事侵攻に反対、ソ連との平和共存を訴えていた。
イスラエルのパレスチナ弾圧にも批判的だった。
支配層にとって好ましくないこの大統領は暗殺によって排除されている。
被支配者である庶民が自分たちの計画に同意させる仕組みも重要。
有力メディアやハリウッド映画を使ったプロパガンダ、教育という名の洗脳で庶民の意思をコントロールしようとしている。
「安全保障」を口実にした情報の統制も人びとを操るために行っている。
支配層による情報統制は1970年代から世界的な問題になっていたが、日本人は鈍感で、そうした話を「リベラル派」や「活動家」なども興味を持とうとしなかった。
第2次世界大戦の前からアメリカの支配層は有力メディアをプロパガンダ機関と見なしていた。
ルーズベルトを大統領の座から引きずり下ろし、ファシズム政権を樹立しようというクーデターを計画した際、新聞で偽情報を流すことも計画に含まれていた。
大戦後、ウォール街は組織的な情報統制に乗り出す。
そこで始められたプロジェクトがモッキンバードで、
アレン・ダレス、
フランク・ウィズナー、
リチャード・ヘルムズ、
そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムが中核グループを形成している。
ダレスは破壊工作のドン的な存在で、ウィズナーやヘルムズはその側近。
グラハムも大戦中、情報活動に従事していた。
(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979)
ヘルムズがCIA長官だった時期にウォーターゲート事件が起こり、ワシントン・ポスト紙が「大統領の犯罪」を追及、デタント(緊張緩和)を打ち出していたリチャード・ニクソンを排除することに成功した。
その時の社主はフィリップと結婚していたキャサリン・グラハム。
世界銀行の初代総裁だったユージン・メイアーの娘だ。
同紙でこのスキャンダルを追いかけたのは若手記者のボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインだが、バーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。
400名以上のジャーナリストがCIAのために働き、1950年から66年にかけて、ニューヨーク・タイムズ紙は少なくとも10名の工作員に架空の肩書きを提供しているとCIAの高官は語ったという。
(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)
しかし、アメリカで報道統制が強化されるのはその後。
ベトナム戦争でアメリカが敗北したのは国内で反戦運動のためだと好戦派は考え、運動を激しくした責任は戦場の実態を伝えるメディアにあると評価した。
自立したジャーナリストは邪魔な存在だと支配層は考え、統制を強化していく。
先日、心臓発作で急死したウド・ウルフコテはドイツの有力紙、フランクフルター・アルゲマイネ紙(FAZ)の元編集者だが、彼によると、ジャーナリストとして過ごした25年の間に嘘を教わったことは、嘘をつき、裏切り、人びとに真実を知らせないこと。
多くの国のジャーナリストがCIAに買収されているとしている。
その結果、ヨーロッパの人びとはロシアとの戦争へと導かれ、引き返すことのできない地点にさしかかっていると考え、2014年2月にこの問題に関する本を出したという。
西側、特にアメリカの有力メディアを有り難がる「リベラル派」や「革新勢力」がいたとするなら、一種の「トロイの木馬」だと思った方が良いだろう。
ラベルで騙すのはアメリカ支配層の得意技だ。
TPP(環太平洋連携協定)、TTIP(環大西洋貿易投資協定)、TiSA(新サービス貿易協定)も巨大資本が国を支配する仕組みで、被支配階級、つまり大多数の人間から基本的な権利は奪われてしまう。
フランクリン・ルーズベルトの定義によると、この仕組みはファシズムにほかならない。
米国務省外交官の大量辞任 / ビクトリア・ヌーランド 米国務省から去る / 米政府報道官「メディアに対し、決してうそを言わない」〜嘘と精神破綻〜
https://shanti-phula.net/ja/social/blog/?p=122659
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