駆け抜けた、PTA1年間の巻 | カフェときどき読書

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今日は長女のクラスの謝恩会。
小学校生活6年目にして初めて足を突っ込んだ
PTAの学年委員長、学級代表の役目がもうすぐ終わろうとしています。

明けない夜はないんだなあ…

肚をくくってPTAの巻
ドラッカーとPTAの巻
構えなくても、大丈夫の巻

と、昨年の春から何度か記事にしてきてますが
卒業関連のことをいろいろと決めなければいけなかった
1~2月はほんとにキツかった。
本業で新しいチームに入って、どう動いたらいいかわからない時期だったし
ライターの仕事も今年に入って増えて
そういうのが一気に重なってしまったのも影響してると思うけど。

うちの学校のPTAの委員は
学級代表、社会委員、教養委員、広報委員、フェスティバル委員
の4種類で
(社会=ベルマークや廃品回収、フェスティバル=学校のバザー)
学級代表は、学校に行く頻度としては案外そうでもないんですよね。
年に数回、PTA全体の会議に参加するほかには
クラス内でのPTAの係の割り振り、大縄回しと読み聞かせの当番決め、
あと茶話会や懇談会の企画。

わたしの場合、全体会議があるときは、午後から出勤にしていたし
参観日もなんとかほぼ行けたし
プリント印刷などは休み時間や出勤前に対応できた。
(これは自分がダイヤ職場にいるからかも)
ほかのクラス役員さんと相談するのも、ほとんどメールでやっていたし
「働く母だから大変」というのは、
学級代表に関しては実はそんなに当てはまらなかった。


むしろ自分の資質の問題だな…と。

振り返ってみてつくづく思うのは

何かを企画するのは苦手
わからない、やったことがないことに対する恐怖心
決断力がない
コミュニケーション下手
まじめで責任感が強すぎる


という自分の性質。
PTAという未知の分野に挑戦して、
ぼんやりと認識していたことが、はっきりした形として見えてきた。
そして自分はトップが向いていないということも。

あれこれ言ってくる人に対して
自分はこう決めたので、と押し切る力とか。
多くの人の意見を取り入れようと人に合わせすぎなくていいんだ、とか。
人が集まらない、キャンセルにいちいち振り回されないとか。
自分の温度がほかの人と同じではない…とか。

わたし、クールだとみられますけど、
時々松岡修造ばりにものすごい熱くて
ほかの人は違うんだな…というのも気づきでした。

PTA、先生と協力して盛り立てて行きたいという気持ちはすごくあるんですよ。
先生や学校と熱く深くかかわりたい。力になりたい。
そしてPTA、やっぱりやると先生方、学校側が、
子どもたちのためにいろいろやってくれているのが本当にわかる。
そういう点ではやってよかった。
(さすがに会長副会長など、事務局の方は、働きながらでは無理だけど)


ただ、高学年ともなると、お母さん方も仕事してたりで忙しくて
かかわってくれる人が減ってきて…。
同じ学年でも、ほかのクラスは懇談や朝の活動などの参加率が高いのに、
うちのクラスは少なくて
それがすごくすごく悲しかった。
一緒に盛り上げていきたかった。盛り上がりたかった。
そのくせ、自分も気持ちだけは熱いのに、どうすることもできなくて。
でも力は抜けなくて…

先日行われた、卒業前の「感謝の集い」に参加したとき、大縄跳びがあって
「学年全員で1000回跳ぼう」という目標のもと、親が縄を回したのだけど
わたしは必死になって回して、へらへらしているクラスの子たちに怒鳴り散らして
「YUIさんたら、そこまでしなくても」とほかのお母さん方に言われて我に返った。

わたしが力入れ過ぎなのか… 
と、任期間際になってやっと気づかされました。


そんな自分でしたが、
最後の方になってやっと、人の力をうまく使えるようになって
だいぶ気がラクになりました。
事務管理がめちゃめちゃ得意なお母さんがいて、
クラスの子の顔と名前を全員把握している、社交的なお母さんがいて。
(わたしは結局覚えられなかった…)
上の子がいて、経験に基づいたアドバイスをくれるお母さんがいて。
やっと、その力をお借りして、プラスにもっていけるようになった。
最初からできれば世話なかったんだろうけど、
任期が終わる前にできてよかった。


…こんなんで、ひとりでテンパっていたので
担任の先生が、思春期でくそ生意気な子どもたちの相手に
心をすり減らしていることになかなか気づけず、
力になれなかったのが非常に残念で。

*

まだ仕事も残っているので、
立つ鳥跡を濁さぬよう、しっかり務めていきます。
PTA、まだ次女三女と回ってくるもんなあ。