修学旅行の思い出、ということですが…
皆さん、修学旅行ってどこに行って、どんな行程なんでしょう?
ちなみに私の場合(鹿児島在住)、
小学校⇒(2泊3日)
1日目・県立の青少年研修センターで宿泊学習
2日目・霧島(大浪の池)登山⇒宮崎市内
3日目・宮崎市内観光
中学校⇒(2泊3日)
1日目・阿蘇山⇒熊本市内(熊本城とか水前寺公園とか)
2日目・天草⇒長崎市内(原爆記念館とか)
3日目・長崎市内観光(確か大浦天主堂とか)
高校⇒(3泊4日)
1日目・神戸市内(科によっては大阪)⇒奈良
2日目・奈良⇒京都(クラス研修の名目でクラスごとに行動、ラストは太秦映画村)
3日目・京都⇒宝塚(宝塚歌劇観劇)
4日目・大阪市内(大阪城と海遊館というでかい水族館見物)
やっぱり印象深いのは高校の修学旅行ですね。
私たちの1学年上の人たちまでは宮崎から寝台列車を使って、
市内観光でバスを使う以外はすべてJRで移動するため、
一泊多くとってある代わりに広島の原爆記念館にも行ったそうですが、
私たちの学年から飛行機での旅行となり、広島には行かなかったのです。
当初、9月中旬に予定されていた修学旅行。
ところが、出発当日にその年最大の台風が上陸!!
当然、学校は休校となり修学旅行は延期。
結局2ヵ月後に決行されたのですが、
時期的に11月末・どこに行っても紅葉が美しく結果オーライだったかな、と。
おそらく一年で一番見頃な時期に京都に行けたのはよかったんだけど、
宿がすごいところで…
もともと9月だったのを何とか11月末にねじ込んだせいか、
宿が取れなかったのか、一日目と二日目は一部屋に20人押し込まれましてねえ。
隙間なくぎっしり並べられた20組の布団見た日にゃさすがに唖然。
荷物にしたって各人の布団の足元に置くしかなく。
うちの学校女子高だったので、女が20人も集まればそれはもう大騒ぎで。
夜中こっそり抜け出すとか、酒盛りとか男子の部屋でどんちゃんってのはしなかったけど、
まあみんなしゃべるしゃべる!
最終的には誰かが持ってきた「UNO」を15人ぐらいでやったりとか。
「UNO」って大人数になればなるほど一回のゲームが終わるまでに時間がかかるのね、というのを
実感しましたよ。
清水寺、東大寺、三十三間堂、二条城、金閣寺銀閣寺、嵐山、と
修学旅行の定番をこなしつつ、
奈良公園で誰かが『鹿せんべい』を担任のジャケットのポケットにもぐりこませ、
担任が鹿に擦り寄られてモテモテ♪とか、
太秦の映画村では、団体写真のゲストが『うっかり八兵衛』の人(高橋元太郎さん)で
素顔の八兵衛さんと一緒に写真に納まったり、
生まれて初めて宝塚歌劇を見てどっぷりはまる人続出で、
帰ってからしばらく『宝塚ごっこ』が流行ったり(苦笑)
でも、この旅行最大の山場は、最終日にありました。
くどいようですが、この旅行が決行されたのは、11月末です。
普通、この時期に台風なんて、ありえませんよねえ…?
ところが、きやがったんですよ11月末の大阪に!!
鹿児島の天気はいいらしいので、離陸さえできれば鹿児島に帰れる。
が、季節はずれの台風はかなり大きいものだったらしく、
とりあえず様子見で我々は予定を切り上げ伊丹空港内で待機。
1時間たっても2時間たっても欠航とも運航とも連絡がされない。
添乗員と先生方が大阪市内にもう1泊するか、
どんなに時間がかかってもJRを使って帰るか相談をし始めた頃、
なんと予定通り飛行機が飛ぶことが決定。
でもその時点で豪雨と強風で、あのでっかい飛行機が
今にもひっくり返りそうにぐらぐら揺れてるわけですよ。
飛行機に乗るころには多少は治まってたものの、いざ飛び立ってみるとものすごい揺れ!!
そのたびにこの飛行機の乗客の大半を占めていた、
私ら修学旅行生・約400人の女子が悲鳴を上げまくって
もううるさいのなんの!!
悪夢のような時間がどれだけ過ぎたのか、それでも九州が見える頃には揺れも治まり、
数十分遅れで着いたときはなんと鹿児島快晴ですよ!!
つくづく日本て縦に長い国なんだと実感しつつ、帰路に着いたわけですが、
あの時、うちの学年のほとんどがこう思ってたに違いない。
『絶対、うちの学年に雨女ならぬ台風女がいる!!』 …と。
余談。
我々の学年から飛行機使用の修学旅行だったわけですが、
同じ高校に進学した、4学年下のうちの妹の学年からは関東方面
(横浜・箱根・でずにーらんど)になり、
12歳下の、たまたま母校ネタのブログを書いたことで知り合った、
母校の後輩にして現役女子大生のCちゃんの学年は北海道だったそうな。
関東方面だけでもずるい!って思ったけど、
今や鹿児島から北海道に修学旅行に行くんだ・・・って思ったらなんともうらやましい限りですわ。