みちのくの
母の命を一目見ん  一目みんとぞ
ただに急げる
斎藤茂吉

母の容態の変化の度に
毎週のように 駆けつけ続けたこの数ヶ月

たった1時間 側に寄り添うためだけに
車なら 高速片道 3時間
電車なら 片道4~5時間 数回乗り継ぎ
母に逢いに通いました。

何度 「もう ダメかも」と連絡もらう度に
「お母さん 待っていてね  
もうすぐ逢えるよ」と はやる気持ちを抑え
斎藤茂吉の詩を思い出しました

愛しい人に逢うためには
たった10分でもいい
名前を呼んでくれるだけでいい
手を繋ぐだけでもいい


疲労感は後から倍になって押し寄せるけど
逢える時には不思議と少しも感じない

亡くなる前日 バイトの為に
遅れて電車で駆けつけた二女と
おばあちゃんの大好きな長女とで
見舞い しっかり目を見つめあって

「おばあちゃん いつもありがとう
暫く来れなくてごめんね ○△もバイトと学校両立しっかりやって母を助けるからね」って耳元に語りかけると
母はじーっと二女を見つめうなずきまた。

深夜自宅に到着の連絡をいれたら
「お母さんは落ち着いてるようです。」
と言われ その日は安心して眠れました。

ところが翌日夜 急変し
亡くなりそうだと伝えられ
遠方の私達は立ち会えませんでしたが
殆どの親族に囲まれて静かに眠るように
息を引き取ったそうです。

翌日自宅に戻った冷たくなった母の側で
二人きりで夜を過ごしました。
「30代で夫をなくしてから3人の子供を女手ひとつで 苦労ばかりだったね。
でもいつも笑顔だったね ありがとう 」
ずっと話しかけました。

葬儀当日
棺の中にお手紙を入れさせてもらいまた。

私「お母さんの子供に生まれて良かった。
生んでくれてありがとうね」

母「その言葉うれしいゎニコ
○○来てくれて嬉しいわぁ」

数ヶ月前に母にかけた言葉を
そのまま書きました。

その時はすでに
口もほとんどきけなかったはずなのに
この会話と何度も私の名前を
呼んでくれたのを
私は動画モードでしっかり録音することができました 。
かわいい母の声は私の宝物です

葬儀には 沢山の人が駆けつけてくれた。
子供の友達と  孫の友達と その親達まで。
訪問してくださる人の平均年齢
若いね、 な~んて
ほほえましい光景でした。

葬儀の日は朝だけ雨が降ったけれど
綺麗に晴れ☀ました。

いとこが「あの ひまわりのような
ばあちゃんの事だもの こんな日に 空が 泣くわけないでしょ」

その言葉にまた泣かされましたううっ...

葬儀が終わり
家の前から空を見上げました。
一番星が優しく輝いていました。

 優しさと澄みきった夕焼けに
穏やかな母を近くに感じとれ
母に包みこまれる感覚に
暫くひたっていました。

実家前


娘の大学近くのコスモス畑

拙いこのブログに訪問してくださった方へ
ありがとうございます。
ここ数ヶ月 母の体調のことでいっぱいで
もともと少ないブログ更新が
さらに出来ずにいました。
皆さんのブログはこれから
少しずつ拝見させていただきます

いつもサポートしてくださる方々に
感謝です

守ってくださった方に
感謝でいっぱいです。

ありがとうございました。

今後 タイムラグも甚だしく、
季節感ズレズレの後出しブログを
アップしても 笑わないでくださいね。