先日、とある夜遅くのカフェでのこと。
そのカフェは、
本屋と併設で、
私のお気に入りの作業場所。
いつも通り私は、
新品の相棒(ノートPC)とともに、
ゆっくりと仕事をしていました。
すると、後ろから、
ねっとりとした声が聴こえてくるのです。
若い男性。
若いといっても20代半ばくらいか、
ギターらしきものを抱えています。
一緒にいるのはさらに若い女の子。
可愛らしい様子ですが、
二人の距離感はまだ出逢って間もなさそう。
ふたりとも音楽をやっているようで、
彼が主体で話が続きます。
僕はね?
事務所にいたときは本当に窮屈で、
ああいったやり方には迎合できなくてね。
自分のポリシーに従った音楽をやりたいと思ったんだ。
ほら、どんな形でLiveをやりたいか、
っていうのは、
すべて自分次第だからさ。
えぇえぇ、文字にすると、
ふっつーにいいこと言ってます。
ふっつーにいいこと言ってるはず、なんだけど、、、
なぜか虫唾が走る。
なんか違和感。
あぁ毒舌で失礼。
いいんですよ?
いいんです。
まったくもって、いいんです。
なのでここは、
どーでもいい、
私の了見の狭さと理解してください。笑
なぜだ。
なぜなんだ。
いいこと言ってるはずなのに、
なんだ、このねっとり感は。
なんだ、この気持ち悪さは。
このさらりと流せない不快な感覚は何からくるんだぁぁぁぁぁ。
はい。
それは、声と話し方、でした。
わざと優し気な空気を混じらせた声。
俺ってかっこいいだろ?的な
無言の言葉が散りばめられた話し方。
そして何よりも、
何でもかんでもうまくいってしまったら、
人生って、おもしろくないだろ?的な言葉たち・・・。
あああああああああ。
もう無理っ!!!
くれぐれも、繰り返します。
彼は悪くありません。
今私は、私の了見の狭さを晒しているだけです。
えぇえぇ、
私はちっさいやつです。
でも安心してください、
もしこれがボイスセッション中、
あなたがそんな声を出していたとしたら、
私は想いのままざっくりとぶった斬っていることでしょう。
あのね、
その声の出し方、やめよ?
気持ち悪いよ?と。
(なぜならば、あなたの本来の魅力が見えてるからです♡)
でもここは公共の場。
私と彼は完全な他人で、
私は一介の小市民。
そして単なる心の狭い、いじわるなやつ。笑
ただひとつだけ、
誤解しないで頂きたいのは、
声の出し方の観点からなどという上から目線で言ってるわけではありません。
ただ単に、私の好みの話です。
声の出し方と話し方が私の好みじゃなかった、
ただそれだけです。
そこに、いいも悪いもありません。
ってことで私は、
さっさと席を離れたのでした。
でもね、
ルックスもよかったし、
声もよかった。
きっと彼の魂からの歌は、
本当に素晴らしいものなんだと思う。
あなたもこういうことに出逢うことってありませんか?
せっかくいいこと言ってるのに、
全然心が伝わってこない、とか、
すごくいい声でめっちゃいい歌なのに、
なぜかすんなり受け入れられない、とか、
きれいな声はずなのに、
なぜか耳につく、みたいな。
それって何がそう感じさせてしまうのでしょう。
もしかしたらそこには、
人にこう見られたい、
いいこと言わなきゃ、
上手に歌わなきゃ、
という強い思いがあるのかも知れません。
例えば、
ちゃんとした人に見られたいと思ったら、
人の声は固くなります。
いいこと言わなきゃ。
ためになること言わなきゃ。
そう思ってたら、声は上ずります。
上手に歌わなきゃ、
ちゃんと歌わなきゃ、
そう思ってたら、
その歌は、空っぽで何も伝わらない歌になってしまいます。
そして、
他人の話をしている場合じゃありません。笑
自分が心地よい声を出すこと。
心と、魂と繋がった声を出すこと、
こう見られたい、ではなく、
こう思う、と話ができること。
そうすると、
自分が心地よいと思うひと、場所、ものを
自然と選べるようになります。
自然と、好きなもの、やりたいことを口にし、
自然と、その方向に向かっていくのです。
声、すげー。笑
あなたは、
どんな声を出していますか?
ストレートに、含みなく、
ただただ素直な声を出す時間はありますか?
あなたの本来の声、引き出します。
引き出し屋、吉武悠貴でした。(違っ)
そうそう。
私のストレートな声を聴きに来てください。
真っ向からの声を、お届けします。
