昨日はふと見るといつの間にか写真が大量に散らばっています。
拾ってみると、学生時代にフィールドワークで撮った写真たちでした。
懐かしい!!!
私に現地のことばを教えてくれたのは3歳のかわいい女の子でした。
まだまだ舌の回らない口で、何度発音しても舌が回らない私のことばを『アープ!アープ!(違う!違う!)』と容赦なく注意してくれてたっけ(笑)
今のちびすけと同じ歳かぁ。
ミクロネシアのチューク(旧トラック)諸島。
第一次世界大戦から第二次世界大戦終了まで日本の統治時代にあったところで、外来語として日本語が日常の中でたくさん使われていました。
アメリカや日本の物資やマーケットが入ったことで、小さな島には土に戻らないビニルなどのごみが溢れ、生活水である川がどんどん汚れこれまでにはなかったアトピー性皮膚炎のこどもたちが増えていっていた10年前。
今ではどんな生活をしているのでしょう。
結婚したらもうこっちに来れなくなるから結婚したらだめよ、と冗談っぽく言ってくれていた優しい優しいおばさんの顔が思い浮かびます。
不義理にしていることが気にかかっているのですが、皆が幸せに生きていることをここから祈っています。