精神と時の部屋にこもって浮上できなくなってたyutayutaです。
なんか思ってた以上に苦しくて
ブログを書いては消し、書いては消し
家事、子供の相手をしながらも
心は上の空
ものすごく個人的なことだし
きっちり伝えようとすると死ぬほど長いし
(私は話し出すと長い)
文章能力がないためわかりにくい😢
これを公の場で書く必要ある?
と何回も自問自答を繰り返した
最終的に、
今までのブログも
公の場で書くことで
私の思考の軌跡を形に残したかった
自分の中にある思いや考えを形にすることで
自分が前進する力にしている
世界のどこかで誰かがこのブログを読んで
なんかもがき苦しんで変わろうとしている奴がいるなって
一人でも頭の片隅にひっかかっていてほしい
なんという自己中なんやーーー
で、本題。
どうして私は自分の意見が言えずイエスマン代表となったのか
の話
思い返すと私は
父の転勤で
小学1年までに7回引っ越しをして
親しい人は専業主婦の母だけだった
(父はほとんど家にいなかったし、4歳下の妹とは大きくなるまではあまり話さなかった)
小さいころから厳しく育てられたけど
「将来あなたが困ると思って心を鬼にして叱っているのよ」
と言われ、なんでも鵜呑みにする単純な私は
叱られること=愛情 と信じ
親に口答えするなんて親不孝者がすることだと
本気で思ってた
テレビはNHKニュースとサザエさんのみ
ゲームや漫画はもってのほか
唯一の楽しみはディズニー映画(英語ならOKだった)
放課後、友達と遊ぶのは
お互いの家だけ可、5時には必ず帰る
ピアノ、書道、プール、公文などお稽古もたくさんしていたので
そんなに遊んだ記憶もないけど
もともとコミュニケーション能力は低くなかったようで
表面上つきあうだけなら友達付き合いも困らず
いろんな制限のある生活も別に苦ではなかったし
むしろ全てうまくこなしていけることを自慢に思ってた
ひたすら母の言われる通りに行動し
常に笑顔で挨拶、何か言われても笑顔ではいと答えるので
学校ではいつも先生のお気に入りだったらしい
(時々友達にえこひいきされていると言われたことがある)
自分でも
自分は自慢の娘に違いないと
ひそかに思ってた
小学校4年からは塾へ行って
近所の友達とは登下校のみ
中学は地元の中高一貫の進学校に行って
中学2年までは成績も10番以内に入って
バレー部の部活もがんばって
相変わらず街に遊びに行くとか許されなかったけど
とても楽しかった
思い通りにいかなくなったのは
高校のカリキュラムが始まった中学3年
どんなに勉強しても成績がじりじりと落ちていく
特に数学はわからないというより、興味がわかない
何度も母に
どれだけの学費をあんたにつぎこんでいると思っているの?!
と叱られ、
高校卒業してすぐ就職してお金を返さなきゃとか
考えたりした
とにかく成績を上げなきゃと
部活もやめ
友達と唯一おしゃべりできる登下校を断って
毎日図書館で居残り勉強したけど
もう苦痛でしかたなかった
一番仲良かった友達とはなんとなく疎遠になり
でもなんとか成績は30番台にしがみついて
休み時間とかお昼ごはんを一緒に食べる友達はいるし
クラスでは浮くことはなく
自分はまだ大丈夫と言い聞かせてた
そんなこんなで高校3年を迎えた夏
母は、私がいる目の前で
家庭教師にきてくれていた憧れの美人医学生に
「お姉ちゃん(私)では失敗したので、妹では失敗したくない。だから今から妹の勉強も見てやってほしいんです」
と言った。
自分の周りが一瞬音がなくなってスローモーションになった
え、わたし、失敗だったの?
こんなに頑張ってきたのに
ママは私のこと失敗だと思ってたの?
叱られても愛されていると思ってたのに・・・
手放しでほめられたことはほとんどなかったけど・・・
私のこと、自慢の娘だと思ってなかった・・・
全部、私の勘違いだった
心底、自分がみじめでまぬけでバカだと思った
今までの人生のほとんどを母と過ごしてきたのに
母親にも愛されていない自分は
世界の誰からも愛されていないと悟った
(失敗と言ったからといって愛されていないわけではなかったと今ならわかるけど)
ふと、
憧れの先生が私の方を心配そうに
ちらちらみているのに気が付いた
おそらく、さっきの母の言葉で私が傷ついたんじゃないかって
心配してくれてたんだと思う
でも私は恥ずかしさのあまり体がカッと熱くなり
そして私は自分を守るために
無意識に
自分自身をみじめだと思う自分を
心の奥底に閉じ込めた
あの感覚はもう二度と味わいたくなかった
だから、こう思うことにした
まだ私の努力が足りなくて完璧じゃなかったから
愛されなかっただけ
もっと頑張って完璧になったら
きっと誰か認めてくれるはず
そう私はこんなことで卑屈になるような人間じゃない
自分がちっぽけだなんて思ってない
そして、先生を安心させるように
穏やかな笑みを浮かべてみせた
それから15年余り
いろんなことがあって
自分をみじめだと思うことはたくさんあった気がするけど
自分をみじめだと思う自分は自分じゃないと
心の奥底にどんどん閉じ込め
辛い、苦しい、といった気持ちをずっと無視して
苦しいときは常に微笑みを絶やさず
努力すればなんとかなると走り続けた
そして
完璧でないと幸せになれない
という考えだけが
強迫観念のように私の中に残った
その結果、閉じ込めていたものがいつの間にか
自分の中の大部分を占めるくらい大きくなって
無視しても無視しても駄々洩れ状態になり
自分の一部分を無視しているので
完璧な自分には絶対なれないという矛盾
自分ではよくわからないまま
常に他者(結局は自分)からみじめだと思われている感じがするようになり
どんどん自分の首を自分で絞めていった