T氏といえば、どうしてそうなったのか記憶がないのだが、
確か4日連続の展示会出展で疲れ果て、2人で打ち上げしようということに
なったのだと思う。(打ち上げというけど、あの日は初日だった)
ゆりかもめを降りて、新橋の地へ足を踏み入れた。
上野を歩けば「シャッチョサン、コッチオイデヨ」と右からも左からも
声を掛けられるT氏にとって新橋はアウェーである。
が、せっかち故に早く飲みたかった。
「まあ、どこかに入ろう」
といって小道にはいっていった。
絶対私ひとりなら怖くて入らない小道。
(冗談抜きで、
赤い靴履いていた女の子が偉人さんに連れられていきそうな小道。)
薄明かりの小道の奥に
「会員制。いちげん様お断り」
と貼ってあった。
せっかちT氏は「そんなの関係ない、行こう、行こう」
といってズカズカ入っていった。
へぇーいちげんさんってこういう怖そうな人を寄せ付けないために
書いてあるんじゃないのーと思いながらもついていった。
(T氏は身長180cm超え、サングラスかけてドスの聞いた声である。怖そうだ)
恐る恐る大人の社会見学気分の私はドアをあけて
営業スマイル(苦笑)してみた。
すると、お店のママがT氏と私をちらっと見て、
「いいわよ、どうぞ」
と言うではないか。
たまたま他のお客様がいなかったせいだろう。
初めて会員制のお店に飛び込み営業ならぬ飛込み客になってみた。
それから3年くらい、出産するまで
このお店に週1回、多いときは週3回くらい通ったかな。
このママさんが実は元タカラジェンヌ(まったく知らないけど)、
固定客は当然ながらママさんとの会話を楽しみにきているお客様ばかりだった。
ママによれば、私とT氏は「一目みて大丈夫だと思った」から断らなかったらしい。
この「一目」で人を見極める術にはこの後、何度も勉強させられた。
どんなにお店が混んでいなくても、ママの一目で
「今日はいっぱいです」といって断っちゃうのだ。
こういう商売ってかっこいいなあ、すごい自信だなあとまさに社会勉強になった。
T氏とはこのお店でたくさん商売の話もしたし、
T氏が引退するころ(当時はあと5年といっていた。今すでに10年たっている)の
話をしては、「俺は引退なんかしない」と強がりを言っていた。
このお店はカウンター5席くらいしかない小さなお店だが
横に座ることで、心理的な距離をものすごく近くしてくれたと思う。
このお店に通うたびに、たくさん本気で喧嘩しながらも
T氏の本音も聞けたし、何よりもうちの会社の製品を世の中に
知らしめたい思いに共感できた。
私が出産したころ、T氏にこのお店のことを聞いたら
「ママがもう疲れたから閉店するって閉店のハガキまで来たんだけど
常連が毎日押しかけて閉店できなくなって1年延長した」
んだとか。
私が産休中は私の後輩までも通っていたらしい。
今はなき新橋のいちげんさまお断りのあのお店。
T氏とママとの思い出が詰まった場所である。
