木造(旧館)の目黒雅叙園は太宰治の小説『佳日』にも登場する。絢爛たる装飾を施された園内の様子は「昭和の竜宮城」とも呼ばれ、ケヤキの板材で作られた園内唯一の木造建築「百段階段」(実際は99段)とその階段沿いに作られた7つの座敷棟宴会場の内の4つは、2009年3月16日に東京都指定の登録有形文化財(建造物)に登録された。「十畝(じっぽ)の間」、「漁樵(ぎょしょう)の間」、「草丘(そうきゅう)の間」、「静水(せいすい)の間」、「星光(せいこう)の間」、「清方(きよかた)の間」、「頂上(ちょうじょう)の間」、計7つの中から4棟の座敷棟が登録された。映画「千と千尋の神隠し」の湯屋のモデルにもなったもので、樹齢百年の床柱や天井、壁面、ガラス窓にいたるまで贅を凝らし、昭和初期における芸術家達の求めた美と大工の高度な伝統技術が融合した素晴らしい装飾となっている。希望者は申請すれば観覧が可能となっており、イベントや宿泊、食事とのセットで公開されている。2010年(平成22年)1月29日から3月3日までの期間、初めて「百段雛(ひな)まつり」という豪華絢爛な催しが行われた(第一回)。日本全国にある雛文化の中から、非常に贅を尽くしたものが多いといわれる山形の雛を中心に、上記7つの宴会場で飾られることとなり盛況を博した。
昭和初期に建設された木造の旧館においては、敗戦直前の昭和19年頃まで、戦時下の国民が苦しい時局や贅沢禁止令下にもかかわらず、大勢の著名な画家や彫刻家、塗師が出入りし、あるいは泊り込み、部屋ごとに女中と書生付きで数年にわたり内装や絵画作品を完成させたという。金泥の制限で時局の悪化を知ったという画家の逸話もある。その結果、文展やかつて帝展に出品された数多くの作品を所有し館内を飾った。その数は数千点にもおよぶ膨大なコレクションであり、旧館取り壊し時に額装保存された天井画や欄間絵とともに、新館に併設された美術館(目黒雅叙園美術館)で定期的に観覧に供したが、美術館は2002年(平成14年)に閉鎖されて、多くの作品群は散逸し個々の所在は不明である。
巨大なオブジェいけばなから、小さないけばなまで様々でとても綺麗でした。
記念撮影をホテルにて。お仲間に数えて下さって本当に嬉しいですありがとうございました。
この後に明治神宮にもご一緒させて頂きました。お祖父ちゃんが明治神宮のお守りをずっと持ってたので、お祖父ちゃんを思い出しながら似たお守りを購入しました。
この日は慌ただしかったけどもとても濃厚な1日でした。楽しかった〜














