第6話|波間に交わる視線
【あらすじ】
「聡き姫」の噂を聞いた足仲彦天皇は、武内宿禰とともに敦賀を訪れた。
視察の名目で帯姫を遠目に見守るはずが、二人は人波の中で視線を交わし、互いに特別な存在であることを感じ取る。
やがて武内宿禰が帯姫に大王の意向を伝え、運命は大きく動き始める。
――――――
【本文】
噂を聞いた足仲彦天皇《たらしなかつひこのすめらみこと》と、大臣、武内宿禰《たけうちのすくね》は、帯姫《たらしひめ》らが敦賀に滞在している折を見計らい、敦賀を訪れました。
もっとも天皇は、あくまで“視察”の名目です。
姫に会うことを、公に望んだわけではありませんでした。
「まずは、様子を見よう」
そう言って、少し離れた場所から、帯姫と宿禰王の様子を静かに見守ることにしました。
その日、帯姫は朝から胸騒ぎを覚えていました。
夢で幾度も見た男に、今日こそ会える――
そんな予感がしていたのです。
港は人波であふれていました。
行き交う声、揺れる帆、潮の匂い。
ふと、帯姫が顔を上げた、その瞬間――
視線が、合いました。
――あの人だ。
初めて実際に目にするその男は、背が高く、端正な顔立ちをしていました。
護衛の男たちに囲まれてはいましたが、決して弱々しくはありません。
夢の中で、水越しに見ていた姿よりも、いっそう精悍に見えました。
一方の天皇は、思わず視線を逸らします。
「……気づかれたようだ」
密かに観察するつもりであったため、わずかな気まずさが胸をよぎりました。
しかし、ほんの一瞬交わった帯姫の瞳は、不思議と不快ではありませんでした。
澄みきったまなざしが、静かに、まっすぐに、天皇の心へ届きます。
――この姫は、ただ者ではない。
確かに、大いなる力を宿している。
天皇はそう感じていました。
武内宿禰が、低く言います。
「評判以上に、良い姫ですな。賢く、美しい」
「ああ……」
その短い返答の中には、すでに決意がにじんでいました。
しばらくののち、武内宿禰は帯姫のもとへ歩み寄ります。
「大王が、姫をお求めでいらっしゃいます。いかがなさいますか」
帯姫は、静かにその言葉を受け止めました。
胸の奥で、長く続いていた予感が、確かな形を帯びます。
――この方と、共に歩むのだ。
その答えは、すでに決まっていました。
――――――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
次回、第7話「夜に残る熱」では――
約束の夜、帯姫は天皇の甘い香りと近づく熱に心を揺らしながらも、未来に迫る死の影を見る。
3月17日(火)21時公開予定。
どうぞお楽しみに。
