森鷗外旧居

福岡県北九州市小倉北区鍛治町1-7-2

 

 

史跡 森鷗外旧居 昭和49年3月22日指定

 

明治、大正を代表する作家森鷗外は、旧陸軍第12師団軍医部長として明治32年6月から同35年3月まで小倉で勤務しました。

その期間の前半1年半を過ごしたのがこの家です。

一部は改造されていますが、ほぼ当時の様子に復元されています。

 

 

鷗外はこの家で軍務のかたわら、「即興詩人」などの翻訳をしました。

また、のちに発表された小説「」 はこの家を舞台にしたものです。

 

即興詩人』は、童話『人魚姫』や『マッチ売りの少女』で有名なアンデルセンの書いた自伝的な長編小説よ。

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中学生の時の国語の教科書に、森鷗外の『高瀬舟』が載ってたなぁ。

 

 

中に入ると、『文豪ストレイドッグス』の森鴎外がお出迎え爆  笑

 

『文豪ストレイドッグス』とは


現代横浜を舞台に、中島敦、太宰治、芥川龍之介といった文豪たちが繰り広げる異能アクションバトル漫画。
2013年1月号の「ヤングエース」で連載が開始され、現在シリーズ累計1500万部(電子含む)を突破。ノベライズやアニメ化など、様々なメディアミックスも展開中。

 

 

森鴎外は『文豪ストレイドッグス』では、ポートマフィア(港湾都市横浜を縄張りにする架空のマフィア)の首領だそうだよ。

 

 

本物の森鴎外はこんな顔。

 

 

 

 

家系図が意外と面白かった。

 

 

子供の名前、於菟(おと)茉莉(まり)杏奴(あんぬ)不律(ふりつ)類(るい)だって!

孫もなかなか。

 

Wikipediaによると

(子供)全員が当時としては異色の名前だったが、これは本人の名前「林太郎」が外国人には発音しづらかったことから来ているもので、世界に通用する名前にしようとしたため。ちなみに孫・𣝣(じゃく、茉莉の子)も鷗外の命名による

(NHK BSプレミアム(2014年7月23日放送)の『孫のナマエ〜鷗外パッパの命名騒動7日間』という、孫の命名に関するエピソードがドラマになった。ここで鷗外は「伯爵」などの「爵」ではなく、「雀」の「𣝣」から採ったとしている。この番組では鷗外を「キラキラネーム」の元祖としていた。

 

ということだそうな。

 

 
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森鴎外、なかなか面白い感性の人だ。

 

ちなみに、森鴎外が住んでいたとされる場所がもう一つ、小倉駅のすぐ近くにある。

 

 

この碑は、昭和52年(1977年)に『森鷗外 遺跡保存顕彰会』によって京町旧居から少し離れた小倉駅前広場ロータリーに設置されました。

その後、数回移設されましたが、平成28年(2016年) の駅前広場整備に伴い、碑はここ京町5丁目154番地の旧居跡に移されました。

碑文内の「南二十五メートルの場所」は、この場所です。

 

場所が分からなくなっていて、「ここだ」「いやあそこだ」って何回も移動したのよ。

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㐧十二師団軍医部長として赴任した森鴎外先生は、明治三十二年六月から同三十五年三月まで小倉に来住した。
その前半は鍛治町の家にあり、後半、三十三年の暮れから㐧一姉団に転任して東京へ去るまで、京町五丁目百五十四番地に住んだ。しかし京町の旧居は小倉駅の移転にともない、駅前広場の一部となってしまった。
 
今は無いが、茂子夫人と新婚生活をおくり「即興詩人」の名訳を完成し、のちに、明治の小倉の風物を活写した小説「独身」の舞台となるなど、鴎外文学にとって記念すべき京町の家は、この碑の南二十五メートルの場所にあった。