以前、梅の時期に来た綱敷天満宮。



雨の中、再びやって参りました。



延喜の昔、昌泰四年(九〇一年)左遷された菅公は 大宰府に赴く途中季節風に流されこの浜にたどり着かれた。

村人等は常の人と異なるお姿に接し取りあえず漁船のとも網をくり敷いてお休みいただき、しばらく休養されたあと筑紫に向かわれた。


天曆九年(九五五年) 神託があり国府の命により社壇が造営され船のとも綱を丸くくり敷いてお迎えした古事により「綱敷天満宮」と称えられた。

その後、寛永十四年(一六三七年)豊前国主 小笠 原忠真、豊後国主 木下延俊 両公により現在の 社殿が造営され今日に至っている。



境内には、白山さま、



お祇園さま、



浜の宮稲荷社がある。



稲荷社の鳥居の側にあったのは仏像かな?



さて。

伝承では、菅原道真は太宰府に左遷された際に流されて偶然辿り着いた事になっているわけだけど、実際はどうなんでしょね?という話。

いや、どうなんでしょね。



必要性があって訪れたのか、

必要性はないけど意図的に訪れたのか、

はたまた何かに導かれたのか、

ただの伝承か。



色々な可能性を探るのは楽しい。



前回来た時に気付かなかったものも色々。



白い、ちょっと牛っぽさも感じる新馬の造りもの。

良き☺️




ちょうど雨が止んだので、浜も見ましょうって事に。



どんよりした空なんだけど、案外皆「海だわ!」ってちょっとはしゃいだ雰囲気になったの、なんだかほっこりした☺️

(※男性もいるけど、はしゃいでたのは女性陣。)

この人達も私と同じで、普段海見ない人達なんだろなーと。


それはそうと、普段海とは縁遠い暮らしをしているにしては私、ここ最近海をよく見るぞ。

もうまた近々、海が見れるであろう予定がある。

海に呼ばれている✨✨なんて。(なんのこっちゃ。)




続く。