私が古事記を読むのに大変お世話になっているラノベ古事記。
ついに、ヤマトタケルや神功皇后の出てくる巻が発売👏✨✨
私はネット予約しているから近日中に届くはず。
ラノベ古事記3弾発売!@小野寺優@Are_Hieda
ラノベ古事記~日本の英雄と天翔ける物語~本日発売です🥳🎉✨加佐登神社に伝わるヤマトタケルの命日、4月8日を発売日にさせていただきました!愛情たっぷり詰め込んだので、お手に取っていただけたら嬉しいです😆🌸イラスト:ゆんちょさま(… https://t.co/KWOARVQ7tL
2022年04月08日 00:00
今日はお釈迦様の誕生日だなぁって思っていたら、なんとヤマトタケルの命日でもあるそうなので、今年はそちらについて書こうと思う。
↑ラノベ古事記のヤマトタケル
ヤマトタケルは「古事記」や「日本書紀」が分からなくても、ほとんどの日本人が知っている名前ではなかろうか。
男の子の名前に「ヤマト」とか「タケル」って付けるよね?
私の好きなアニメ「デジモンアドベンチャー」にも「ヤマト」「タケル」という兄弟がいたものだ。
でも、じゃあどういう事をした人物なのかって知らない人も多いと思う。
かくいう私も最近までほとんど知らなかった。
話せば長く長くなってしまうので、詳しく知りたい人は、古事記やラノベ古事記を読んでね(笑)
亡くなる直接に本人が残したとされる歌や、亡くなったヤマトタケルに対して詠まれた歌があるので、ここではそれらに限定してご紹介。
ヤマトタケル最期の歌
草薙剣をミヤズヒメのところに預け、素手で伊吹山の神を討ちに向かうヤマトタケル。
途中で氷雨に降られて病身となってしまい、弱った身体で大和へ向かう。
尾津前の一本松のところに来て見ると、かつてこの一本松の根元で食事をした時に忘れてきたその刀がそのままの姿で残っていた。
尾張に 直に向へる 尾津崎なる 一つ松 吾兄を 一つ松 人にありせば 大刀佩けましを 衣着せましを 一つ松 吾兄を
(尾張の方角にまっすぐ向いている尾津崎の一本松よ。なあ一つ松、もしお前が人であったなら、この太刀を佩かせるのに。衣を着せるのに。なあ一つ松よ)
さらに進み、大和に近付いて来た。
倭は 国の真秀ば たたなづく青垣 山籠れる 倭し麗し
(倭はどこよりも美しい国だ。重なり合う青い垣根のような山々に囲まれた、倭の国は美しい)
命の 全けむ人は 畳薦 平群の山の 熊白檮が葉を 髻華に挿せ その子
(命が無事であった者は、 平群の山の大きな橿の葉を簪として挿せ)
上記2つはは思国歌(くにしのびのうた)という。
愛しけやし 我家の方よ 雲居立ち来も
(懐かしいわが家の方角から、雲が立ち上がっている)
嬢子の 床の辺に 我が置きし 剣の大刀 その大刀はや
(わが妻のもとに置いてきた太刀。あの太刀。ああ…)
ミヤズヒメに預けた草薙の剣の歌を詠んだ後に、ヤマトタケルは亡くなる。
御葬儀の歌
ヤマトタケルの死を受けて詠まれた歌。
なづき田の 稲幹に 稲幹に 這ひ廻ろふ 野老蔓
(御陵の側の田の稲幹に絡み付くヤマイモの蔓のように、私たちは悲嘆のあまり地を這い回る)
ヤマトタケルは大きな白鳥になって、空に舞い上がり、浜に向かって飛んで行った。
そこで后と御子達は、小竹の切り株で足が傷ついても痛みを忘れ、泣きながら後を追って言った。
浅小竹原 腰泥む 空は行かず 足よ行くな
(竹原では篠が腰にからまってなかなか進めない。空を飛ぶこともできず、足でよたよた追いかけていくしかない)
海処行けば 腰泥む 大河原の 植ゑ草 海処は いさよふ
(海を行くと腰まで水につかって進めない。広い河原の水面にただよう浮き草のように ただよっているばかり)
浜つ千鳥 浜よは行かず 磯伝ふ
(浜の千鳥は私たちが歩きやすい浜は行かず、歩きにくい磯を行く)
この4つの歌は葬儀のときに詠まれた歌であり、今でも天皇の御葬儀のときに歌われているという。
先日訪れた、御勢大霊石神社の境外末社、白鳥神社。
説明書がないので詳細不明だったのだけど、どうも、ヤマトタケルを祀っているものだとか。
ヤマトタケルヤマトは次期天皇候補だったが、即位しないまま30歳の若さで亡くなる。
弟が13代天皇として即位するも、男児がいなかった為、ヤマトタケルの息子が14代天皇となる。
それが、仲哀天皇である。
そんなわけで、今の私にとってヤマトタケルは、神功皇后の義理の父親という認識だったりする。
神功皇后についてはこれからもますます沢山たくさん書いて行く予定なので、こうご期待✏️
良いもの書けるよう頑張ります💪
去年の4/8周辺
花まつり/灌仏会(お釈迦様の生誕祭)。






