2021年の春から秋にかけて、八十八ヶ所巡りました!
今年も2回目結願(八十八ヶ所制覇)目指しています( ・`д・´)
2回目の感想も、去年書いた記事を絡めながら徐々に書いていく予定ですが、この辺でちょっと、篠栗四国八十八ヶ所について改めて書いてみます☀️
そもそも、
お遍路って何?
一般的な意味としては、
弘法大師 空海が修行した八十八ヶ所の霊場を巡礼する事。
それをする目的は人それぞれ。
大願成就の為、修行の為、癒しの為、自分探しの為…。
空海が好きだからそのゆかりの地を巡りたい、というのもあり。
お遍路には「同行二人」という考え方がある。
これは、巡礼の道中には自分一人だけではなく弘法大師が傍に居てくれるという考え方に基づく言葉。
誰かが傍にいてくれると思うと安心するし、頑張れるよね☺️✨✨
篠栗四国八十八ヶ所の歴史
篠栗にある八十八ヶ所霊場は、四国にある八十八ヶ所霊場を模したものであって、実際に空海が巡った八十八ヶ所というわけではない。
けれど、単なる複製品というわけでもない。
平安時代
唐で修行した空海は、予定よりも帰国が早かった関係ですぐには京に戻る事が出来ず、福岡に2年ちょっと滞在している。
その時に修行で訪れたのが、篠栗 若杉山なのだ!
弘法大師を祀る若杉奥の院
慈忍という女性の僧侶が四国八十八ヶ所を巡拝した帰りに、弘法大師ゆかりの地として篠栗を訪れた。
推しの聖地巡り!(?)
そこで、村の人々が困窮している姿を見た慈忍はその救済を目的に、この地にとどまり祈りを捧げた。
具体的には天保6年(1835年)の出来事であり、天保の飢饉の事。
やがて村に平和が訪れ、慈忍はこのことを弘法大師の御加護だとして、村の者達に四国八十八ヵ所を模した霊場の造成を提案したという。
これ私、最初さらっと流してたんだけど、よく考えたら慈忍ってめちゃくちゃ偉い!
ただその時一時的に神仏に祈ってはい解決、終了ってせずに、この町の人達がこの先ずっと豊かでいる為の事業を考えてくれたんだもんね。
でも、その事業はなかなか進まず、未完成のまま慈忍は去ってしまう。
死んだ説もあるけど、地元に帰った説がホントっぽい。
数年後、篠栗町民の藤木藤助が慈忍の意思を受け継ぎ、村の有志の力を集めて篠栗四国八十八ヶ所を完成させた。
その後、廃仏毀釈やお堂を守る人の高齢化など様々な事を受けて変化をしながら、今に至る。
①札所の大半が寺ではない
札所になっているお寺の中にあるパターンもある。
また、札所ではないお寺の中にあるパターンもある。
篠栗四国八十八ヶ所の参拝方法
●作法●
納札を納める
ロウソクに火を付けて線香を供える
お賽銭を入れる
お経を読む
納経印を頂く
という風に一応なってはいるけれど、全てしないといけないわけではない。
◯服装◯
自由。
駅には↑のようなマネキンが置いてあるが、このスタイルでやる人は無に等しい。
↑の左から3番目の方のように白衣を着て菅笠を被る人もいるにはいるが、少数派。
金剛杖だけ持つ人もいたりするが、少数派。
歩き易い服装と靴、リュックが一般的。
◯持ち物◯
自由。
歩き遍路の場合、タオル、水筒、食べ物(小腹が空いた時用)、日除け(帽子や笠、傘など)、羽織もの(温度調整用)があった方が良い。
途中で昼食を食べるに適したお店がそもそも少ないし、あっても閉まっていたり、予約が必要だったりするので注意。
事前に食べる店を決めて予約しておくか、お弁当等用意しておくのが無難。
お線香を供えたい人は
線香(1〜3本×88ヶ所+α)、ロウソク(88ヶ所+α)、マッチorライターorチャッカマン)。
納札を納める場合
事前に納札を買い、自分の名前等書いておく。
納経印(御朱印)を集めたい場合
納経帳は打ち始めの31番札所本明院で買う事も出来る。
御朱印の代金として100円玉が沢山必要。(スタンプ100円、手書き300円)
お賽銭も用意しよう。
おすすめサイト
マメに更新されているし、なんといっても「歩きへんろスマホナビ」が超優秀‼️
私はこれのおかげで、誰に頼る事なく八十八ヶ所行く事が出来た☀️
会った事はないけれど、実は上記サイトの管理人も飯塚の人らしい。ビックリ。そのうち会えるかな?
私の体験談↓
私が購入した物達↓








